■dreaming of eternity■
―蜜月・1―
あれから、ひと月が経つ。
ルパン一味は、風光明媚なスイスの古城に滞在していた。
もともとはルパン一世の持ち物だった城だが、こじんまりとしていながら、
花々が咲き群がる広い庭に、近くには小川も流れている。
不二子は、テラスに腰掛けて珈琲を口に運びながら、今日何度目かの溜め息を
ついた。
手もとの新聞には、一ヶ月前の、ニューヨークマフィアの幹部惨殺事件が
未だに大見出しで報道されていた。
『…なお、この事件以前にルパン三世がファミリーからダイヤモンドを盗みだしている為、
ルパン一味の関与も疑われるが、酸鼻を極める現場にインターポールの
銭形警部はルパンの関わりを否定…』
「甘いわね銭形」
不二子は独りごちた。
「ルパンを捕まえたかったら、彼の一番大切なものをまず把握すべきね」
そこへ、アーチ型の入り口を抜けて、五右ェ門がやってきた。
「…次元は?」
五右ェ門は、目を伏せて首を横に振った。
「そう…」
突然強い風が吹いて、不二子と五右ェ門の髪を巻き上げた。ざわざわと木々が揺らめき、
それに合わせて、木漏れ日が不二子の白い手にプリズムを描いた。
……風が止むと、不二子は髪をかきあげながら言った。
「ここにいても、わたしたちにできることは、もうないかもね」
五右ェ門が、はっと顔を上げた。途方にくれた、子供のような表情。
「……あなたには辛いでしょうけど、ルパンに任せたほうがいいわ」
五右ェ門は俯いたまま何も言わない。分かっている。そばに居たいのだ。
不二子は、頭一つ分背の高い五右ェ門に、長い腕を巻きつけて抱きしめた。
しかしその抱擁は、姉が弟を慰めるそれに似ていた。
「大丈夫よ……大丈夫…」
時を忘れて、日が傾くまで、不二子は五右ェ門に、子守唄のように囁きつづけ
た。
遠く山々の稜線にすっかり日が落ちてしまい、夕焼けもその色を失って、夜の帳が降り始めていた。
次元は、開け放った窓から、ぼんやりと青ざめて行く空を見つめていた。
聞きなれた足音がして、ノックの音が続いた。
「…開いてるぜ」
その声はか細くて、ドアの向こうに居る相棒に聞こえたかどうかは分からない。
だがその答えを待って、静かにドアが開いた。
薄明を背にして、ルパンが立っていた。
「……五右ェ門と、不二子は?」
いつもの問いを重ねる。
「仕事だってさ」
ルパンの声は明るかったが、表情は読み取れなかった。
「……入ってもいいか?」
次元が目で促すと、ルパンは足を踏み入れて後ろ手にドアを閉めた。
沈黙。
触れるのを、触れられるのをお互いがためらっているような、沈黙。
やがてルパンが口を開いた。
「……窓、そのままだと寒いぞ」
晩秋の冷たい空気が、カーテンを揺らしていた。とっぷりと日が暮れて、空には星が瞬いている。
その言葉を聞いているのかいないのか、次元は視線を窓へ移したが、閉めようとはしなかった。
溜め息をかみ殺して、ルパンはベッドの向かいにある椅子に腰を降ろした。
凄惨な拷問を受けて一ヶ月。次元の心は閉ざされたままだった。
助け出してからすぐのことは、今でも悪夢のようにしか思えない。
次元は、五右ェ門や不二子どころか、ルパンにすら触れられるのを拒絶した。
真っ先に肩口の傷を手当てしなければならなかったのだが、誰かの手が触れようとするたび、
次元は暴れて激しい抵抗を示した。その為に、仕方なく鎮静剤を打たなくてはならなかったほどだ。
食事も治療も温かい言葉も、全てを拒絶し、次元は自分の殻に閉じこもりつづけた。
そんな次元の体の傷が治癒に向かったのは、ルパンの不眠不休の介抱のためだった。
ようやく会話が出来るようになったのは、ごく最近のことだ。
たまには笑いもするが、しかし反応するのは稀だった。
星明りに照らされた、前にもまして痩せてしまった相棒の横顔を、ルパンは狂おしい想いで見つめた。
一度俯いて、古い木の床の木目を見つめ、もう一度顔を上げた。
「……なあ、」
ルパンは殊更明るい声を作って言った。
「ふたりっきりだな」
あの時言ったろ?お前と二人きりで、どこかへって……
笑いながら言ってみたが、次元は表情のない瞳をこちらに返すだけだった。
意を決して、ルパンは次元に近づいた。慎重に。
やがて次元の隣に腰掛けたが、次元は何も言わなかった。
その頬に手をあてて、こちらを向かせた。元来血色の良くない顔が、更に蒼ざめている。
こらえ切れなくなって、夢中でその唇にキスをした。次元の反応はなかったが、
ルパンは我を忘れて、本当に久しぶりに触れる恋人の肌をむさぼった。
形の良い耳に舌を這わせ、耳朶を甘噛みし、首筋にキスを繰り返す。夜着の隙間から薄い胸板に指を這わせる。そのまま、縺れるようにベッドに倒れこんだ。
「次元……!」
熱い吐息を、耳元に吹き込む。ルパンの理性が飛びかけた、その時
次元の細い手が、ルパンの肩にかかった。
拒絶なのか。意思を測りかねて、あがった息のまま顔をあげて腕の中の次元を見つめた。
「……汚い……」
「え?」
ルパンは目を見張った。
「俺なんかに触ると、汚いから……」
ルパンから目を逸らしたまま、次元は呟くように言った。
「……お……、お、お前、…お前って…」
一瞬言葉を失って、今度こそルパンは、盛大に溜め息をついた。
「はぁぁぁー、もう、そんな事気にしてたのかよ…」
「そんな事って」
思わず次元が食って掛かるのを押し留めてその肩に手を掛けながら、
真正面から次元を見据えてルパンは言った。
「……未遂だったろ?」
途端に次元の体が竦む。
「それにもし犯られちまったとしても」
ルパンは優しい目で言った。
「俺がお前を好きなことに変わりはないよ。たとえお前に何があっても。」
「何があっても……?」
おずおずと、次元はルパンを見つめた。
「そう。何があっても。お前が太って髭クマになったとしても、じじいになっても、
手足がなくなっちまっても、遊星からの物体Xになっちまったとしても」
ルパンは、次元をきつく抱きしめた。
「俺は、お前が好きだよ」
次元の体が震えた。泣いているのが分かった。ルパンは優しくその顎をとって上向かせた。
「愛しているよ、次元」
「ルパンっ……!!」
今度は次元が、ルパンの唇にむしゃぶりついた。
〜蜜月・2へ続く〜
■dreaming of eternity〜蜜月・1〜 後記■
この章は、ルパンの次元に対する想いがすべてです。
たとえどんな姿形になろうと、何があろうと、お前を愛している。
「強い愛」のひとつのかたちとして、ルパンにこう言って貰いました。
さて、こののちの展開は……、というお話になると、
肝心なところで章が終わっています(笑)。
寸止めが好きなわけではないのですが、できるだけ早く
次の更新ができるようがんばります。
この物語も、あと2章を残すのみとなりました。
最後までお楽しみいただけたら幸いです。 花