私は生涯で二度、真実の恋をした―




■ THE LETTER ■







お前がこの手紙を読んでいる頃、わたしはもうこの世にいないだろう。


お前が知らなかったこと、知りたいと思いつつずっと知り得なかった真実を、
ここに記そうと思う。お前が読もうと読むまいと、構わない。
それよりも、わたしの思いを、文字にして形にしておきたかったのだ。
そうして書かれたものだと思ってもらいたい。













お前は、ずっと疑っていたね。お前の恋人に対する、わたしの気持ちを。
だから、わたしを彼に近づけまいとした。







始まりを、語ろう。それで全てが分かるだろう。







彼を見つけたのはわたしが先だった。あれは、お前が八つ、彼が 十歳の時のことだ。


帝国で毎年恒例の射撃大会があったのを覚えているかな。射撃のほかにも、
さまざまな攻撃術の部門から、最も優秀なものたちが選ばれて、更にそこから
覇を競わせたんだ。お祖父さまが始めたものだったが、あれは帝国を堅持していく上で
重要な役割を担っていたよ。


ともかく、その年の射撃部門は評判が高かった。上は20歳からの優秀者が
5人揃っていたんだが、最年少は十歳の少年だった。それが彼だよ。
わたしはお祖父様と並んで、入場してくる彼を見た。


十歳には思えないほど大人びて背も高く、流れる黒髪で目を隠しているのが
印象的だった。服装は開襟シャツに黒いジーパンというラフな格好だったよ。
今の彼からは余り想像できないな。

彼の姿を認めた時、お祖父様の滅多に動かない眉が、ぴくりと震えたのを覚えているよ。


競技大会といっても実戦そのものだったから、最後は人間を撃つんだ。
当然彼が最後まで残り、18歳の青年との一騎打ちになった。

撃たれる人間は帝国の裏切り者と決まっている。裏切り者で、なおかつ
相当の訓練を受けた者―。ちょっとやそっとでは弾に当たらない人間を選ぶんだ。

地雷を仕掛けた地面を、それを避けながら縦横に逃げ回る”的”。
2000メートル以内に”的”を一発で撃ち殺せば、その者が優勝者だ。

あの頃はわたしが現役だった。優勝すれば、当然わたしの仕事も手伝ってもらうことになる。
帝国の人間にとって、ルパン家の直接のお抱えとなることは 最大の報酬であり、名誉だからな。
出場者は、それだけで目の色を変えていた。

だが、彼は違っていたな。瞳を隠して何も読み取らせないその表情からも、
飄然とした風情からも、そう言うものに対する固執は見られなかった。


最終競技が始まった。


逃げ切れれば”的”は追跡されないが、それでは競技者のメンツが立たない。
どちらも必死になるんだ。彼の相手の青年も、隠してはいたが焦りと緊張に
青ざめていたよ。

的がスキを見せるたびに、青年は発砲した。だが彼は動かなかった。
決定的な瞬間を待っていたんだ。昔からムダな弾は使わない子だったな。

700メートル、800メートル…的がどんどん遠ざかっていく。

1500メートルを超えたとき、流石に青年は焦りの色を隠せなくなった。

1600メートル、1700メートル…。

1800メートルを超えたところで、遂に的のほうが足を取られた。







その後のことは、鮮やかに覚えているよ。







青年と彼は、同時に発砲した。


―いや、違うな。


彼が、青年より0コンマ3秒遅れて発砲したんだ。

的は倒れて動かなくなった。心臓を撃ちぬかれて即死だった。
どちらの撃った弾か―。
それが青年のものだと分かると、場内からわっと歓声があがった。
だがお祖父様は、大きな溜め息をひとつ漏らすと、すぐ姿を消した。
わたしも信じられなかった。 拳を突き上げて勝者の雄たけびを上げる青年を尻目に、彼は場内から姿を消した。

わたしは彼を競技場の入り口で引きとめた。


「何故あんなことをしたんだね!?」


その時、風に黒髪が揺れた。
初めて見る彼の瞳は、吸い込まれそうに澄んだ、深い黒だった。

「何故って」

彼の声は、その腕に似合わず本当に幼かった。当然だ。まだ十歳だったのだから。


「ああしなければ、余計に苦しむでしょう」






青年は確かに的を確実に射殺することができただろう。だが、的はそのあと数分間は
断末魔の苦しみを味わったはずだ。彼はそうならないように、青年の弾筋を変えたのだ。

苦しまずに、死ねるように―。

結果として、彼の弾は弾かれて、的には当たらなかったと言うわけだ。


「…自分が何をしたか分かっているのか」


怒りで、わたしの声は震えていたと思う。わたしは知らず、彼の胸倉を掴んでいた。



「自分から、栄誉をフイにしたんだぞ。その腕を―素晴らしい射撃の腕をなぜ生かそうとしない!」




「人殺しの腕など、僕は持ちたいとは思いません」




そう言いきった時の彼の眼光の強さ―人間を”的”としか思わない帝国に対する憎悪が、
全身から滲み出ていた。怒りで、白い頬を紅潮させた彼は―

正直に言おう、ぞくりとするほど美しかったよ。

思わずわたしは、掴んでいた手を離した。彼の怒りではなく、彼の誇り高さに、
美しさに打たれたんだ。

彼は踵を返して夕焼けの中に消えていった。わたしは呆然とその後姿を見送った。







わたしは生涯で二度、真実の恋をした。

一度目は、分かっているだろうが、三世、お前を産んでくれたひとに。
そして二度目は―。




老いたわたしの告白など、お前は鼻で笑うだろうな。

お前は、知らずとも良かったのだ。

かなわぬ恋に身を焼かれている惨めな父の姿など。




そう、息子のようにではなく、彼を愛していたよ。
だが、彼はわたしを、軽蔑すらしていただろう。




その後のことは、お前のほうが良く知っているね。
彼とお前は出会い、恋に落ちた。そして共に帝国を去った―。













これがお前に教えてやれる真実だ。
お前と仲睦まじくしている彼にたびたび仕事の誘いを掛けたのは、
何の事はない、彼をわたしのものにしたかったからだ。

わたしはお前に、嫉妬していた。


お前がわたしをどう思っていたかは知らない。だが、恋の勝者としては―


お前の勝ちを認めるよ、三世。

最初から、わたしは負けていたのだ。

次元と初めて言葉を交わしたあの時から、わたしは、負けていたのだ―

























「……………」


パチパチと、薪の爆ぜる音が聞こえる。


これまで一度も訪れることのなかった、存在すら忘れていた父が所有する小島の 丸太小屋で、
この手紙を見つけた。それも、驚くべき偶然から。

近隣の国でお宝を首尾良く頂いたまでは良かったものの、またぞろ銭形のご登場。
気合の入った警備陣に散々追いまわされて、滅茶苦茶に逃げ回った挙句に、
ここに辿りついたのだ。

海での逃走劇と銃撃戦で大量に水を被った為、寒い寒いと床板まで剥がして薪にしていたら―


「…こんなものが出てきやがった」

「あ?」


傍らでシャツを絞っていた次元が、素っ頓狂な声をあげた。

「何が出てきたって?」


覗きこもうとするのを、


「いいのいいの。次元ちゃんは知らなくていいの〜っと」


そう言ってルパンは、手紙の束を赤々と燃える火の中に放った。そして盛大に溜め息をついて、一言。

「あのオッサン、本気だったんだな…やっぱりな…」

「…何が本気だったって?」


次元は気持ちイライラしながら聞き返した。ルパンは、むぅーと、何かを考え込んでいる。
と、突然次元に抱きついてきた。

「あっぶねぇ〜!!あぶね、あっぶねぇ〜!!良かった〜、ガッチリガードしといて〜!!」

ルパンは勢いで次元を床に押し倒し、ぎゅうぎゅう首を掻き抱いて、その頭を撫でまわした。


「ちょっ…何がっ…って、離せ離せ離せー!!!苦しいっ!!」

「あ、ゴメン」


ルパンは、悪びれた様子もなく、満面の笑みで起きあがって次元を見つめた。




火が、舐めるように恋人の横顔を照らす。
少しあがった息、乱れた前髪、薄く開いた唇―
俺の一番愛しい男。

「どけよ」
「へ?」
「へ?じゃねえ!!俺の上からどけっ!!」
「…あのさあ、次元ちゃん、このシチュはどう考えてもすることは一つじゃないの?」

途端に、次元の膝蹴りがルパンの腹にバッチリ決まった。


「ぐげっ!!」

「やかましいっ!!大体てめえが逃走ルートから外れて滅茶苦茶やるから、こんなザマになったんじゃねえかっ!!
ちったあ反省しやがれ!」

「反省―、か」

「?」








親父はあの手紙を書いている間、どんな気持ちだったろう。
親父が生涯を掛けて想った恋人は、その傍にいなかった。
触れることも、言葉を交わすことも叶わず、それでも親父は次元を想いつづけた 。


「……知りたくもねえよ」

「……どうしたんだよ」


炎が、屈んだ姿勢のままのルパンの頬を照らした。
そこに涙の跡を見止めて、次元はあわててルパンの肩に手を掛けた。


「おい、本当に、どうしたんだよ…」


その問いには答えず、ルパンは次元にむしゃぶりついて泣いた。
悪かった、言いすぎた、と、的外れなことを必死に謝りつづける次元の胸に顔を
埋めて、子供のように泣いた。







お前は一生、俺のそばにいろよ―







愛しい男の匂いに包まれて、幸福と、胸を刺す痛みとに苛まれながら―
ルパン三世は、いつまでも泣きつづけた。



















〜Fin〜







■THE LETEER■後記

初めまして、小説を担当致しました、花と申します。
このお話は、「人生の終わりに訪れる悔恨」をテーマに
書きました。二世は、それこそ三世に負けないほど、
自由奔放で破天荒な人生を送り、手に入らぬものなど 何もない、
という人だったと想像しております。
けれど、唯一手に入らなかったもの。それが、次元大介。
しかも、後に自分の息子と恋仲になり、
末永く相棒としてその傍らに寄り添う事になります。
「最初から負けていた恋」。
その切なさが、文章に表れていれば幸いです。



















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