■See You Later■
「…本当に大丈夫なのか?」
ニューヨークの夜は寒い。それが、冬となれば尚のこと。
群青色のくぐもった空からは、粉雪が舞っていた。
そんな中、コートも身に着けずに男が三人。
高層ビルの屋上から、コーサ・ノストラの本拠地である巨大ビルを見据えながら、
五右ェ門が二人に問うた。
「先方はお主たちが乗り込んでくるのを承知して準備しているのであろう。
ニューヨークマフィアと言えば、生半なことで倒せる相手ではないと思うが」
先だっての出来事で、お主たちもそれは重々承知であろう―
そう言いたいのを、五右ェ門はぐっとこらえた。
「心配ご無用だよ、五右ェ門先生」
緑色のジャケットの男が、不敵に笑った。
「やられた借りは返さねえとなあ」
そう言ったルパンは、笑みを崩していなかったが、その目は暗い怒りと復讐に
燃えてたぎっていた。
くっくっ、と、傍らで呑気に煙草をふかす男が笑う。一瞬、強く吹きつけた風に
帽子を押さえながら、影のように立つその姿は、まるで夜の闇から抜け出てきた死神のようだった。
その二人の様子に、数々の修羅場をくぐり抜けてきた剣豪、五右ェ門でさえ、
背筋がぞっと寒くなるのを感じた。
「……この期におよんでも、やはり拙者は無用、と申すか」
気圧されたのを気づかれぬよう、五右ェ門は強い口調を崩さずに言った。
「ああ。俺とルパンで十分だ。お前は必要ない」
次元が放った吸い刺しの煙草が、ビルの谷間に吸いこまれていく。
チラチラと揺れる赤い炎が消えて見えなくなるまで、五右ェ門はそれを目で追いつづけた。
まるで、死出の旅路に寄り添う蛍火のようだ―そんなことを考えながら。
ただし、死ぬのは彼らではない。あのビルの中で、おそらく完全装備で二人を
待ちうけているであろう、無数の男たち―彼らの、死出の旅路だ。
「……分かった」
胸が軋む。どうあっても、この二人の間には割り込めぬのか。
―いや、そんなことを考えることすら無意味なのかもしれない。
死線を共にするその数だけ、彼らの絆は深まっていく。
深く愛し合っているもの同士がそんな生き方をしていれば、当然、その愛も深まっていく。
せめて、せめてルパンより先に、お主と出会えていたら―
「ご苦労だったな五右ェ門。もう見送りはいらねえよ。こっから先は二人で行く」
ルパンの声に、五右ェ門ははっと我に返った。
おそらく、自分の顔は狼狽の色を隠せていなかったと思う。だが、彼らは
穏やかな笑みを湛えていた。
「んな情けない顔するなって〜。ったく、いつまでたっても信用ねえのな俺たち」
頭に手をあてながら、ルパンが大仰に笑って見せた。
「普段が普段だからな」
新しい煙草に火を点けながら、唇の端だけ上げて、次元が静かに笑う。
「あ、それ言えてる。自覚がある分だけ次元ちゃんの勝ち〜」
「どういう勝負だよ」
いつもの二人の、ひょうきんなじゃれあい。
それを見ているうちに、五右ェ門の心もほぐれていった。温かなものがこみ上げてくる。
しかし表には出さなかった。
「くれぐれも、ご油断めさるな―」
凄みを含んだ声でそう言い残すと、五右ェ門はひらりと身を翻し、姿を消した。
午前0時5分前。
眠らない街の空に、乾いたクラクションの音が鳴り響く。
風に乗って、微かに人の声も聞こえてくる。罵倒、わめき声、酔っ払いの調子っ外れの歌声。
二人は何も言わず、何処を見るともなしに煙草をふかした。
やがてルパンは、靴底でジタンをもみ消すと、
「んじゃあ、そろそろ行きますか」
そう言って次元に向き直った。
次元は銜え煙草のまま、
「…おう」
と、静かに答えた。
パシッ
二人が手を合わせた鋭い音が、凍った空気を震わせる。
「また後で」
ルパンの言葉に微笑みで答えて、次元はルパンとは逆の方向に歩き出した。
5分後。
コーサ・ノストラの巨大ビルディングに、非常ベルの音が響き渡った。
しかし、我々は少し視点を過去に戻して、今回の復讐劇の発端に目を向けてみよう。
〜■dreaming of eternity■に続く〜
◆PICT・加工前◆
■See You Later 後記■
このあと続く連載小説の導入小説です。
忍さんの描かれた同名の絵に強くインスパイアされています。
冬の空、粉雪、夜の闇に溶ける黒い男…と、空気感、色彩感の
描写を大切に書きました。それらがうまく伝わっていましたら、幸いです。
なお、「コーサ・ノストラ」は、実在するマフィアの呼称ですが、
フィクションのエッセンスとして使用させていただきました。
二次創作とお断りしております様に、これらの作品群は、
実在の人物・団体・事件とは一切関係のないことを改めて
申し上げます。