雪の中に眠る夜

<エピローグ>


「……んー……」
 ぼんやりと目を開けると、薄暗かった室内は、窓の外から差し込む光で明るく見えた。
 フェイは半開きの目を擦り、のろのろと身体を起こす。
「!」
 と、そこで自分が何も着ていないことに気づき、慌てて毛布を引っ張り上げる。
 寝ぼけ半分だった頭がようやくはっきりし始め、夕べのことが俄に思い出された。
 この手で触れた彼の肌の温もり、重ね合った身体から感じた熱さ。彼の温かな手のひら
の感触、耳元で繰り返された密やかな囁き声。そして身体中で受け止めた快感。
 それらの記憶はすべて、今も鮮明にフェイの中に焼き付いていた。
 つい顔が赤くなり、自分の胸を抱えるようにギュッと腕を回す。
 ふと目を横に向けると、サイドテーブルの上に、彼女の服とハーフジャケットが置かれてい
た。もう乾いていたので、おそらくスパイクが用意しておいたのだろう。普段はものぐさ彼の
意外な一面が垣間見えたようで、フェイはどこかくすぐったいような気がして思わず笑みを浮
かべた。
「――起きたのか?」
 そこへいきなりスパイクの声が割り込んできて、フェイは弾かれたように顔を上げた。声の
方に視線を移すと、ドアからダウンジャケット姿のスパイクが入ってきた。
「…どこ行ってたの?」
 毛布を身体に巻き付け、フェイは照れ臭さを押し隠すように、平静を装って訊ねた。
「ひとっ走り、ソードの所までな。当面の燃料は何とかなりそうだが、昼までには隣街のセン
タービルまで行かなきゃなんねえ」
「え?」
「さっきジェットと連絡取ったんだが、例の連中が今そこにいるらしい。この星から出られた
ら手の打ちようがねえからな」
「何、あの連中がそこにいるわけ? 今?」
「ああ。多分そこから近くの空港に向かうつもりなんだろう。それまでに捕まえる。…お前は
どうする? 動けるか?」
「え? …も、もちろんよ。やるに決まってるでしょ」
「なら、早く着替えて準備しろ。時間もねえぞ」
「わかったわ」
 表で待ってる、という風に合図すると、スパイクはドアノブに手をかけた。
 いつもと変わらない彼の振る舞いに、フェイはホッとしたような、少し拍子抜けしたような、
複雑な面持ちでその背中を見送ると、服を着るためにベッドから降りようとした。
「…ジャケットはきっちり着とけよ。見えないようにな」
「え?」
 ドアが閉まる間際、スパイクは扉の向こうからそんな一言を残して外へ出ていった。
 彼の言葉の意味が分からず、フェイは首を傾げた。
(見えないようにって、何を…)
 訝しげな顔をしつつ、ひとまずサイドテーブルの上の服を手に取り、手早く身支度を始める
フェイ。
 エナメル服のボタンを留め、乱れた髪を整えるために窓際へ寄り、ガラスを覗き込む。
「…!」
 そこで急に彼女の目が大きくなり、同時に頬が赤らんだ。咄嗟に手を胸元に当てる。
(…見えないようにって、これのこと!?)
 ガラスに薄く映った彼女の胸元や首筋には、痣のように残った印があった。おそらく見れ
ばそれと一目で分かる、紅い痕。
「…もうっ、こんなにはっきり残ってちゃ、当分外歩けないじゃないのよっ!」
 顔を赤くして思わず憎まれ口を叩く。
 だが、不思議と彼女の表情に不満の色はなく、むしろ穏やかに綻んですらいた。
 それは印であり、証しだった。痕が残るほどに、彼が自分を求めたのだという印。彼の温
もりが触れた、確かな証拠。
 ぎゅっと胸元で手を握った後、フェイは両手でぱしんと頬を叩く。その顔は、既にいつもの
彼女の笑顔だった。
 髪を撫で付け、ヘアバンドで形を整えると、フェイはドアへ向かって歩きながらジャケットを
ひらりと翻し、首と胸を大事に包み込むように、そっと手で押さえてボタンを留めた。


「その隣街って、どれくらいかかるのよ?」
「パーキングから10分もあれば着く。連中が動いたって連絡はねえから、まだそこにいるは
ずだ」
 廃墟の街からそれほど遠くない駅のパーキングまでの道のりを、二人は足早に歩いてい
た。
 夜の間に降り積もった雪が既に溶け始め、あちこちににぬかるみができている。
「今度こそ絶対に捕まえてやるわ。あたしを散々な目に遭わせてくれたお礼もしなくちゃね」
 すっかりいつもの調子に戻り、やる気をみなぎらせて先を行くフェイの様子に、スパイクは
苦笑した。
「おい、あんまり急ぐと滑るぞ。足元見ろよ」
「何言ってんのよ、急がなきゃ逃げられ……あっ!」
 振り向いてスパイクを急かそうとしたフェイは、凍って滑りやすくなっていた斜面に気づか
ず足を取られ、ぐらりと体勢を崩した。
「おっと…!」
 咄嗟にスパイクが彼女の腕を掴み、転倒するのを防ぐ。
 勢い余ってフェイはスパイクの胸に倒れこみ、抱きとめられる形になる。
「ほら見ろ。言わんこっちゃねえ」
 かっと頭に血が昇って反論しようと顔を上げたフェイは、しかし間近に迫った彼の視線にど
きりと息を飲み込み、言葉が止まってしまった。
 ともすれば抱きしめられている気分になりかけたため、フェイは慌てて身体を離し、ことさ
らに大袈裟な身振りで踵を返した。
「大きなお世話よ!」
 そう言い放ってどんどん歩いていく彼女の後ろ姿を見ながら、スパイクは呆れ顔を隠せな
かった。
(…あれで昨夜と同じ女とは思えねえな…)
 途端に昨夜の激しい情事を思い出し、スパイクは慌てて頭を振った。
 昨夜とはまるで別人。それは彼自身にも言えることだった。
 あんなに激しく女を求めたのは、いつ以来だったろう。
 今までどんな女を相手にしても、我を忘れて溺れるようなことはなかった。ただ一人を除い
ては。
(………)
 だが、ぼんやりと脳裏に浮かんだ思いは、彼を呼ぶ声によってかき消された。
「何してんの? さっさと行かないと逃げられるわよ!」
「…わかってるよ。ったく、現金な女だぜ」
 はっと現実に引き戻されたスパイクは、頭を掻いて独りごちた。
 その眼差しが表していたものを、今はまだ、気づくことなく。


 抜きつ抜かれつ歩いていく跳ねっ返りの女とモサモサ頭の男の後に、この星へ来て初め
て顔を見せる太陽が、静かにその光を投げかけていた。


<The End.>




〜後記〜

いやはや、ついにやっちまったいって感じのモロ大人話。それ以前に書いてたものって、ま
だソフトなものに抑えてましたからね。。。
実はこの話、当初前後編の予定だったのが、書いてるうちに終わらなくなり、結局前中後
編+エンディングの中編的長さになってしまいました。
原因はHにいくまでの描写がやたら長いことと、Hを書き始めたら止まらなくなってしまったこ
と(笑)
あんまりさっさり終わるのも物足りないかな、とあれこれ書いてたらそれだけで1パート分の
長さになってしまった…(苦笑)
この話を思いついた発端としては、「溺れたフェイを人工呼吸するスパイク→冷え切った体を
温め合う二人→そこからなだれこむH」が書きたかっただけなのですよ(笑)
中後編の大体の流れは決まっていて、ある程度書いてもあったのですが、それに至るまで
の過程(つまり前編)が全くと言っていいほど思いつかず、もう一年以上もワープロの中で眠
っておりました。。
それが今回、ようやく神様が降りてきてくれて、これを逃したらマジでお蔵入りになる!と一
念発起、怒涛の勢いで何とか書き上げたのでした。
しかし、一番苦労したのが前編で、一番しっくりこないのが中編てのが何とも(苦笑)
中編はねー、今回奇しくも本編中という設定を自らに課してしまったため、もうどーやってこ
の二人を事に及ぶまで引っ張ってきゃいいのか悩んで悩んで(^_^;) 結局ああいう形になっ
たわけですが……どんなもんでしょね。
と、とりあえず頑張ったのは確かです、はい。
後編とエンディングに関してはノンツッコミでお願いしまーす♪(ヲイ)





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