「バカップル」

 

「ああぁぁーーーーっっ!!どどど、どうしよ〜。数学の教科書、忘れてきちゃった・・・・」

最後の授業まで後わずか。今日もこの授業が終わればコンサートの練習だ、と張り切っていた普通科2年・日野香穂子を急遽魔の手が襲い来る。
どんなに机の中を探しても、どんなに自分のロッカーの中身を見ても、どんなに自分の鞄の中を見ても、数学の教科書が見つからないのだ。誰かに貸した覚えもないし、忘れているとすれば、自分が家から持ち出したのを忘れたとしか考えられないのだが・・・・
いや、今日ちゃんと入れた筈・・・と香穂子は心の中で念じながらゴソゴソと探しているものの、やはりそれらしい物は見つからない。
そのようにゴタゴタしている香穂子を見て、隣の席に座る転校生・加地葵が黙って見過ごす訳がなかった。

「香穂さん、どうしたの?何か探し物をしているみたいだけど・・・」
「うん。実は、数学の教科書がなくって・・・おっかしいなぁ〜。ちゃんと持って来た筈なのに・・・・」
「そうなんだ・・・僕も手伝う?」
「ありがとう!でも、それらしい所は全部探したんだ〜。机の中と鞄の中と、ロッカーの中も見てみたんだけど、やっぱりなくて・・・」
「・・それって、忘れてきたんじゃないの?」
「や、やっぱりそうかな?・・・でも、私入れて来た記憶があるんだよね〜。それとも、ボケてるだけかなぁ〜?」

探すのをやめて首を傾げた香穂子を見て、葵は微笑みながら机を引き寄せて、香穂子のすぐ隣に移動した。

「ふふっ。それなら、香穂さんのボケに感謝しなきゃ。」
「えぇっ!?な、何で!?」
「だって、こうして一緒にいられるもの。香穂さんのこと、1時間も独り占め出来るしね。」
「!!・・あ、葵くん・・・それは、その・・・」

葵は、転校してきた時から『香穂子のファン』と言い、常に香穂子のことを気遣って優先してくれる。更に、葵は香穂子にとってもったいない位の美形かつ文武両道な才人なのだ。
なぜそんな葵が自分のファンと言うのかが微妙に謎であるものの、そんな葵に香穂子はすっかり心を揺れ動かされ、今や葵と香穂子は公認のカップルだったりする。

「・・香穂さん?ひょっとして、照れてくれてる?」
「うっ。だ、だって、葵くんにそんなこと言われたら、そりゃ照れちゃうよ・・・」
「そうなの?ふふっ、嬉しいなぁ・・・・どうしよう。僕、思いっきり香穂さんのことを抱き締めたい・・・」
「ええぇぇっ!?ああ、葵くん!?さすがにそれは・・・!!」

と香穂子が言った所で先生が来てしまった為、一旦この話は打ち切られたのだが・・・・
早速先日の宿題の答え合わせからということで、どんどんと指名された生徒が黒板に宿題の成果を披露し、周りが少しずつにぎやかになっていく。
指名から逃れた香穂子は、にぎやかさに混じりながら、葵が見せてくれている教科書と、指名されている人たちが集まっている黒板の回答に注目していた。一方、同じく指名から逃れた葵はというと・・・・

「・・香穂さん、そんなに宿題の回答が気になるの?」
「えっ!?う、うん、まぁ・・・ってか、宿題よく分かんなかったから、皆がどんな風に解いてきたのかなぁ?って思って・・・」
「そうなんだ・・・ふふっ。やっとこっちを見てくれたね。」
「えぇっ!?そ、そうだった?」
「うん。香穂さんの横顔も捨てがたいけど、やっぱりこうして見つめ合うのが一番だと思わない?」
「!あ、葵くん・・・そ、そんなこと言われたら、ドキドキしちゃうよ〜・・・」

香穂子が顔を赤くしてそう言うと、葵はニッコリと笑顔を見せた。

「ふふっ。香穂さんったら、顔が赤いよ?可愛いなぁ・・・授業中にまでこんな君を見れるなんて、隣の席ならではの特権だよね。」
「葵くん・・・・じゃあ、私も?」
「えっ・・・?」

香穂子に思いがけないことを言われたことで、それまで笑顔だった葵の表情は一変して驚きへと変わる。

「だって、カッコイイ葵くんも、こうして驚いてる葵くんも、私が隣にいるから見れるんだよね?」
「香穂さん・・・・参ったなぁ。その答えは予想外だよ・・・」
「えっ?どうして?」
「・・だって、僕のことをこんなにも喜ばせてくれるのは、君だけだから・・・・香穂さん。僕は君がいてくれれば、それだけで世界に色が付くんだ・・・・僕にとって、香穂さんはこの世の全てといっても過言じゃない。あの日公園で君のヴァイオリンを聴いた時から、僕の本当の意味での人生が始まったんだ・・・」
「あ、葵くん・・・」

スケールの大きい告白に香穂子は戸惑いつつ、ドキドキしながら葵を見つめた。
そんな香穂子を見つめて、葵が軽くウインクしたその時、数学教師の間の悪そうな「ウオッホン!」という咳払いが教室に響き渡ったことで、葵と香穂子は驚いて先生に注目した。
気が付いてみれば、既に黒板の前に生徒は誰もおらず、教室内は静まり返っていた。しかもそれは、今先生が咳払いをしたからではなく、それより少し前からにぎやかさが減少していたようだから・・・・・すっかり2人だけの世界に入っていたことで、香穂子と葵は気が付かなかったのだ。
唯一の救い所は、香穂子と葵もヒソヒソ声で話していた為、話していた内容が先生の元に知れ渡ったとは考えにくい点だ。しかし、2人で見つめ合っていたのだから、おおよその会話の内容は予想が付く。
先生は2人を邪険視しながらも、宿題の解説を交えた回答が始まったことで、すぐにいつも通りの授業の空気が流れていった。
香穂子は非常に恥ずかしかったものの、チラッと葵を見てみれば、何事もなかったかのように涼しい顔をしている。
つい大物だなぁ、などと香穂子は感心していたのだが、香穂子が葵を見つめていることに気付いたのか、葵は香穂子と目線を合わせると、すぐに笑顔を見せた。
優しく爽やかな葵の笑顔に癒されつつ、香穂子も嬉しくてつい笑みを浮かべていたのだが・・・・それが理由で再び先生が「オッホン!」と咳払いしたことを、葵と香穂子は知っているのか知らないのか。
今日の数学の授業は、少しばかり危険な香りをさせながら進んでいったのだった・・・・・・・・・

 

END.







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