「ひめゆりの花 〜Merry Christmas〜」

 

12月24日のクリスマスイブ。それは誰もが待っていた記念日の1つだ。
23時30分。大藤及子(おおふじちかこ)は寒さに身を震わせながら、思わず空を見上げた。
空は真っ暗で、雲はない。それと同時に及子の視界に入ってきたのは、イルミネーションで彩られている大きな樅の木のクリスマスツリーだった。
このクリスマスツリーは、近辺では有名なツリーらしい。目印にもなるので、ここで友達と待ち合わせたり、カップルで一緒にツリーを見に来たり、色々思い出に浸れる場所として。

「・・・ここが、昔は幼稚園だったのか〜・・・」

今は名残がないものの、聞いた話によれば、ここは元々幼稚園だったらしい。プロテスタント系統の幼稚園だった為、小さな教会だけが今もここにポツンと残っている。
それはさておき。及子は携帯電話を持っていない為、腕時計で時間を確認してみた。23時35分・・・約束の時間から5分ほど経っていたが、まだ目当ての人物の姿は見えていない。

「七馬・・・やっぱり、仕事が長引いてるのかな?」

及子がここで待っているのは、大財閥として有名な大内家の跡取り息子・大内七馬(おおうちかずま)と会う約束をしているからだった。
七馬と言えば、全国でその名を知らないだろう人はいない超有名人である。元々大財閥は、昔から新聞やテレビでよく取り上げられている人たちなのだ。
更に七馬は眉目秀麗、文武両道、皆に優しいと特に女性に大人気で、芸能界のアイドル以上に人気がある。

そんな七馬と及子がどうして知り合いなのかと言うと、大学が同じなのはもちろん、及子の姉が七馬と仲の良い芸能界アイドル・大藤悦子(おおふじえつこ)だからだ。
そして知り合ってから間もなく、及子と七馬は付き合うことになった。元々及子は七馬のその格好良さや大人っぽい所に惹かれていたのだが、最初に告白してきたのは七馬の方だったのだ。
及子は、姉が芸能界アイドルの悦子であること以外は、特に目立った点のない普通の女の子だ。そんな七馬が自分を選んでくれたことが未だに信じられなかったが、今日もイブに及子に会いたいと言ったのは七馬の方だった。

しかしその七馬は、まだここに来ていない。23時30分という時間指定からも察せられる通り、七馬も芸能界活動じみたものをしている為、テレビ番組にゲスト出演した後、及子の所に会いに来るという話をしていたのだが、やはりそれが長引いたりしているのだろうか?あるいは道路が渋滞していてここまで来れないのか?
及子は少し心配になりながら、再び腕時計を見た。気ばかりあせっている為か、時間がほんの2、3分しか経っていないことに少し驚いてしまう。
加えて、冬の夜は猛烈に寒い。厚手のコートをきっちり着込んでいるものの、耳や鼻に手を当てると、まるで冷凍物のように冷たくなっていた。

「ウゥッ!!七馬〜。寒いし、さみしいよ・・・・出来れば、早く来てね・・・・」

しかし、どんなに待っても七馬が来そうな気配は一切ない。先ほどからチラチラと見えているのは、何組かのカップルのみだ。
その度、及子はツリーから少し離れた場所に避難しているのだが・・・・幸せそうなカップルを見ていると、自分にもそういう人がいるのに、ひどく羨ましくなってしまう。

「イイなぁ〜。すごく仲が良さそう、あのカップル・・・・にしても、七馬はどうしたんだろ・・・」

再び及子が腕時計を見てみると、時刻は23時50分を過ぎていた。
ひょっとして、七馬は今日の約束を忘れたのだろうか?それとも、やはりテレビの収録が長引いているのだろうか?
携帯電話を持っていない及子にとっては、予測しか出来ないことが悲しかったが・・・・こういう時に携帯電話があれば、お互いの居場所や存在を確認出来るのに、と思うともどかしくなってしまう。
当然ながら七馬は携帯電話を所持している為、及子が買えば良い話なのだが、及子は機械に多少疎い上、流行り物が苦手だった。
それに、今まで携帯電話を持たなくても苦労しなかった為、大学に入ってからもそのままズルズルときてしまったのだが・・・・こういう時ばかりは、少しだけ欲しいなぁ、なんて思ってしまう。

「・・取り敢えず、1時間位待ってみるかな?それでも来なさそうだったら、帰った方が良いのかも・・・」

及子はそう呟いて、手を息で温めたり、ツリーの周辺を歩き回って寒さを凌いだ。
あれからツリーを見に来ていた何組かのカップルは全てどこかに行ってしまい、ここには及子1人しかいない。

「七馬・・・ひょっとして、本当に忘れちゃったのかな?・・でも、言いだしっぺの七馬が忘れる訳ないよね〜?それとも、ここに来る途中で事故に遭ったとか?んでもなぁ〜。七馬の召使のお爺さんに限ってそれもないよね〜。そうするとやっぱり、収録がまだ終わってないとかになるのかな〜?でも、そうだとしたら、いつまでかかるんだろう・・・・?」

及子がそう呟いて、再び腕時計を見ようとしたその時。大きな車のライトが見えて来たことで、及子は少し驚きながらそれを見た。
ここは元々人通りが多い所ではない為、車が来ること自体珍しい。それにこの異様な大きさの車は、まさか・・・・・
及子が思わずドキドキして見守っていると、その車は及子の姿を認めたかのように、イルミネーションが輝いているクリスマスツリーの前でピタリと止まった。続いて、運転席から見覚えのある白髪の老紳士が出てくる。及子が言っていた七馬の召使だ。
及子が期待に胸を膨らませると、老紳士は及子に向かって一礼した後、すぐに車の後ろに向かった。慌てて及子も一礼を返すと、その老紳士は後部席の車のドアを開けているようだった。
七馬の召使・七馬がいつも『爺』と呼ぶ彼を見て、及子はホッとした。待ちに待っていた七馬がようやく来たのだ。
及子がそのまま待っていると、間もなく七馬が及子の方にやって来た。それと同時にリムジンが発車して行ったことで、周りから明るさが一気になくなる。

「わりぃ!すっかり遅くなっちまった。」
「うぅん、いいよ・・・って、七馬!?何、その格好!?」

及子は七馬の姿を認めた次の瞬間に驚いてしまった。なぜなら、七馬がタキシード服に身を包んでいるからである。
普段の七馬の服装は至ってカジュアルでほぼジーンズだった為、まさかこのような格好で来るとは全く考えていなかった上に、七馬はその手にユリの花束を手にしていた。
普通の男性なら『格好付けすぎ』とか『似合わない』とか思う所なのだが、七馬に関してはそれが全て似合っているどころか、凛と見えて様になっているのだからすごい。

「『何』って言われても。似合わねぇか?」
「いや、似合う・似合わないの話じゃなくて!!!社交界デビューでもすんの!?あんた!!」
「んまぁ?俺一応大財閥ってヤツだし?」
「あ・・ごめん。今のツッコミ間違えた・・・」

確かに七馬は大財閥の跡取り息子だ。社交界デビューはとうの昔に果たしているだろうし、そのような場ならタキシードを着てても違和感はないと思うのだが・・・・

「ハハハハッ。まぁ、おまえが言いたいのは、どうして俺が今ここでこんな格好してんのかってコトだろ?」
「うん、それそれ。で、理由は?」
「あぁ。今日の収録番組がセレブ系クリスマス番組だったから着てきた。」
「『着てきた』って・・・まさか、それ自前!?」
「ったりめぇだろ?それに、おまえに会うのにも丁度良いかと思ってさ。」
「ちょ、『丁度良い』って何が!?」

及子がそう言った次の瞬間、七馬は及子の下に跪き、及子の右手をそっと取ると、軽くキスをした。

「!!」

それまでに何回か七馬に同じようなキスをされたことがあるものの、どうにも及子は慣れなかった。なぜこんなキザっぽいことを七馬は平気で出来るのだろうか?
しかし、心のどこかでそんな七馬にキスされたことが嬉しくて仕方ない自分がいるのも確かで、七馬のすることを拒否出来なかった。

「・・おまえの手、冷たすぎ・・・・俺が、待たせちまったせいだな。悪かった・・・・」

七馬はそう言うと、申し訳なさそうな顔をして立ち上がった。及子と七馬の手は、まだつながれたままだ。

「う、うぅん!そんなコトないよ。ただ、心配したけど・・・」
「『心配』?」
「うん。七馬、どうしたのかな?って。やっぱり、テレビの収録が長引いてるのかな〜?とか、道路渋滞してんのかな〜?とか、今日の約束忘れちゃったのかな〜?って。」
「まさか、俺が今日の約束忘れるワケねぇだろ?でも、最初2つは当たってる。収録が30分位長引いた上に、道路超混んででさ〜。爺にも頼んでスピード出してもらったんだけど・・・マジで悪かった。俺から約束させておきながら・・・・」

七馬に再び申し訳なさそうな顔でそう言われると、及子としても申し訳ない。別に七馬が遅く来たことを責めたい訳ではないのだから・・・・

「うぅん、いいって!七馬が来てくれたから、あたしはそれだけで良かったよ。」
「及子・・・・・サンキュ。やっぱ、おまえにはこの花束が似合うな。」
「七馬・・・・」
「これ・・おまえに。」

七馬はそう言うと、及子から手を離して、両手で花束を持って及子にゆっくり差し出した。
タキシードを着ていることもあってか、それとも七馬が格好良いからなのか、あまりにも様になっていて、まるでどこかの王子様からプロポーズされて花束を渡されているような錯覚にとらわれてしまう。
そんな七馬のしていることがキザっぽいと思いながら、こんなにドキドキして嬉しくなってしまうのは、やはり七馬が好きだからだろうか?及子は小さくお辞儀をして、七馬から花束を受け取った。

「あの・・ありがとう。七馬・・・・」
「フッ、別に。その花束、おまえに渡したいって思ってたんだよ。」
「そうなの?これって、ユリの花・・だよね?」
「あぁ。正確にはヒメユリ。花言葉が、俺とおまえにピッタリなんだ。」
「えぇっ!?そうなの!?何、教えて?」
「その前に。せっかくこうしてクリスマスの夜に会ったんだからさ、キスの1つ位、していいだろう?」

七馬がそう言って、及子の腰を持ってグイッと抱き寄せてきたものだから、及子はドキンとしてしまった。急に七馬との距離が縮まったことで、ドキドキが一気に高くなる。

「えぇっ!?ちょ、ちょっと!七馬!?」
「フッ・・何驚いてんだよ?もう俺とこうすること、慣れただろ?」
「な、慣れてないって!!ヤ・・七馬、そんなに見つめちゃ・・・!」

ただでさえ七馬の顔は整っていて美形なのに、大好きな人ともあればその格好良さが増すのは尚更のこと。いつもながら自分が子供っぽい気がして恥ずかしかった。

「・・おまえ、マジで可愛すぎ。そんな風に顔赤くされたら、ますますキスしたくなる・・・」
「か、七馬・・・・」

七馬の顔が近付いてきたことで、自然と及子は目を閉じた。間もなく、七馬と及子の唇がゆっくり重なり合う。
七馬の唇は、冷えていた及子の唇のみならず、体全体を温めてくれるかのようだった。更に七馬がキスしながら及子の頬に手を添えたことで、及子は身も心も一気に温かくなるのを感じた。
唇をゆっくり離して、及子と七馬は見つめ合った。クリスマスの夜に、光り輝くツリーの前で大好きな七馬とキス・・・・考えただけでロマンティックで、胸が最高にドキドキしてしまう。

「・・おまえ、寒くねぇ?大丈夫か?」
「うん・・七馬が温めてくれたから、大丈夫。」

及子が笑顔でそう言うと、七馬は少し驚いたようだ。しかし、すぐにいつもの余裕の微笑を見せると、今度は両手で及子の腰を抱き締めた。

「・・サンキュ。やっぱおまえには、そのヒメユリの花が似合うな。」
「あっ。そういえば花言葉は?七馬、教えてくれるって・・・・」
「あぁ・・『変わらぬ愛らしさ』。」
「ヒャッ!!か、七馬!?」

七馬に耳元で囁かれたことで、及子は心臓が飛び出るように驚いた。そんな驚く及子を見て、七馬は面白そうに笑う。

「ハハハハッ!やっぱ、おまえのそーゆー所、ヒメユリの花言葉にピッタリだ。」
「ウゥッ。嬉しい、けど、恥ずかしいよ。七馬・・・何も耳元で言わなくたって・・・」
「わりぃ、わりぃ。でも、おまえがその位可愛いからだぜ?」
「もう〜。七馬ったら・・・・そういえば、七馬の方の花言葉は?」

及子がのろけながら首を傾げてそう聞くと、七馬はニヤリと笑みを浮かべて、再び及子の耳元で囁いた。

「ん・・『可憐な愛情』。」
「ヒャアッ!!ま、また七馬!!耳元で・・・・!」
「ハハハハハッ!おまえのそーゆー所が、俺のそーゆー気持ちを強くさせんだよ。」
「か、七馬・・・・」

寒い筈なのに、七馬とこうしてくっついたり話したりしているおかげだろうか。冷たい寒さなんてどこかにいってしまって、及子はただ大好きな七馬を見つめることしか出来なかった。
いつもながら七馬は格好良いのに、やはりタキシードを着ている七馬は格別の格好良さだ。ドキドキしながら及子が七馬を見つめると、七馬は優しく微笑んだ。

「・・いつだって、おまえが可愛くて、守ってやりたいって思ってるから・・・これからも、よろしく頼むぜ?」
「七馬・・・・うん。こちらこそ・・・色々迷惑かけちゃうかもしれないけど、よろしくね?」
「いいぜ。おまえの『迷惑』なんて、どうせ俺にとっちゃあ、大したコトねぇだろうし。」

確かに、七馬の手にかかればどんな事でも丸く収まってしまいそうなのが不思議だ。
七馬は、元々そのような天性にも恵まれているような気がする。やはり七馬はすごいなぁ、こんな人が自分の彼氏で良いのかなぁ?と思いながら、及子は七馬の胸元に顔をくっつけた。

「エヘヘッ・・ありがと、七馬。大好きだよ・・・」
「あぁ・・俺も。大好きだ、及子・・・・」

七馬を待っている時、他のカップルを羨ましく思ったりしたけれど、それはワガママでしかなかった。だって、自分には七馬という、最高に格好良くて優しい彼氏がいるのだから。
及子と七馬は、再びツリーの前で唇を重ねた。ヒメユリの花束と共に、その愛を聖夜に誓って・・・・・・

 

END.






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