「恋の痛み」

 

「フゥ〜・・・・」

漏れる溜め息。それは普通科の2年生・日野香穂子によるものだった。
香穂子は今、恋に悩んでいた。なぜなら、相手は音楽教師の金澤紘人だから・・・・・
それまで香穂子は、紘人のことなどちっとも意識してなかった。ただ、ちょっとのらくらしている教師だなぁ、と思うだけだったが・・・・いつからだろう?そんな紘人の後姿を、追いかけるようになってしまったのは・・・・・

「うぅ〜・・・・」

この気持ちを誰かに知られるのが怖くて、こうして屋上に逃げ込んだ香穂子だったが、音楽科の屋上にいるという時点で、本当は紘人に会いたいくて狙って来ているというのがバレバレである。
そう考えると、自分がみじめで仕方なかった。やはり、教師との恋なんて許される筈ない。だが、どうしてもこの想いは止められなくて・・・・・
あふれ出る気持ちを我慢して、香穂子は気を紛らわそうと空を見上げた。この時期ながら、珍しく晴れた空は奇麗に青く澄んでいる。
こうして空を見ていても、消えていなくなりたいほど、胸の奥が痛くて切ない。紘人のことを考えただけで、他に何も手が付かなくなってしまうから・・・・・
などと、自然と紘人のことを考えてしまうあたり、香穂子の気が紛れることはなく、ただ時間が過ぎていくのを感じる。
本当はヴァイオリンの練習や、アンサンブルの練習をしなければいけないと分かってはいたが・・・・今はまだ、こうして紘人のことを考えていたかった。

「会いたいなぁ・・・・先生、今何してるのかな・・・?」

香穂子がそう呟いた、その時だった。

「お、日野じゃないか〜。どうした?お前さんも、たまにはさぼりってか?」
「キャアッ!!か、金澤先生!?」

香穂子に声をかけてきたのは、正に香穂子が会いたくてたまらない片思いの相手・金澤紘人その人だった。
驚く香穂子をよそに、紘人は香穂子の隣に来て空を眺めた。

「何だ何だ、そんなに驚かんでも・・・・それより、今日は随分良い天気になったなぁ。冬が来ることを忘れちまいそうだ・・・・って・・日野、どうした?」
「!うえぇっ!?は、はい!?先生、何か?」

思わず声がひっくり返ってしまった香穂子を、紘人は不思議そうに見つめていた。
無理もない。香穂子はそれまで会いたいと願っていた紘人が隣に来たことでポーッとなってしまい、何も考えられなくなってしまったのだから。
もちろん、その間に紘人が何か喋っていたことは分かっていたが、具体的な内容など聞いている心の余裕がなかった為、こうして慌てて聞き返す結果となってしまったという訳だ。
最初は驚いていた紘人だったが、まぁ、人間たまにはこのようなこともあるだろう、と気に留めただけで、香穂子をフォローした。

「・・いや、大したことは話しちゃいない。ただ、良い天気だと思ってさ。こういう日は、ゆっくりするに限るってことだ。なぁ?日野。」
「えっ!?は、はい。そう、ですね!」

いつになく変な所にアクセントがついて、また声がひっくり返っていた。香穂子は緊張しすぎて、ついどもってしまうのだ。
さすがに2回連続されて同じような反応をされた紘人としては、いつもの香穂子と違うことに疑問を抱かざるを得ない。

「どうした?日野。やけにそわそわして、どこかおかしくないか?」
「お、おかしくなんかないですって!!ヤダなぁ〜、も〜う、先生ったら!」
「・・全く。俺も見くびられたもんだなぁ〜・・・・」
「えっ・・・?」

香穂子が驚いて紘人を見つめると、紘人は香穂子の頭に軽く手を置いた。
紘人のその手の感触はとっても大きくて、優しかった。そして香穂子だけを見つめるその眼差しが、男っぽいながら、優しい光を宿している。
それまでは何とも思っていなかったのに、今はこうして紘人を見つめるだけでドキドキしてしまう。好きな人が傍にいると、人間誰しもこうなってしまうのだろうか?

「・・若人の考えていること位、お見通しだっつーの。お前さん、何か悩んでることがあるだろう?」
「!!・・先生。どうして・・・」
「そりゃあ、だてに長く生きとらんからな・・・それより、大丈夫なのか?」
「はい?」

紘人の言っている意味がよく分からず、香穂子が少し首を傾げて尋ねると、紘人は微笑を浮かべながら、香穂子の頭を優しく撫でて言った。

「・・気分転換に、ヴァイオリンでも弾いてみたらどうだ?日野。そこに、お前さんの求める答えがあるかもしれんぞ?」

紘人のその言葉を聞いて、香穂子は確かにそうかもしれないと思った。だから笑顔を見せて、コクンと頷いた。

「そうですね、やってみます!!・・・先生、聴いて下さいますか?」
「あー・・・聴くだけなら、な。俺にアドバイスを求めるなよ?」
「分かりました!」

こうして、香穂子はヴァイオリンを構えて曲を弾き出した。楽譜を見ずに旋律を奏でているということは、それだけ曲を練習している証なのだろう。
本当に香穂子は春の学院コンクールの時からよく頑張っているなぁ、と感心しながら、紘人は静かに香穂子のヴァイオリンに耳を傾けた。
一方の香穂子はというと、弾きながら紘人の視線が気になって仕方なかった。今それは、自分だけに向けられているのだから尚更である。
紘人に見つめられると、香穂子の胸の鼓動がドキドキと高鳴るのを感じる。緊張を抑えなければと思っても、どうしても緊張してしまう。
紘人の前で弾くことが、こんなにもドキドキするなんて知らなかった。やはりそれは、香穂子が紘人のことを・・・・・・

「先生・・・・!」
「・・日野・・・・答えは、見つかったのか?」

突如香穂子は演奏をパッタリと止めてしまった。そのことで紘人は少し驚きながら香穂子を見つめていたものの、香穂子の中で答えが出たことを悟ったのだ。

「はい、見つかりました・・・・・あの、先生。私、先生のことが・・・」
「ストップ、日野。」
「!先生・・・」

思いがけず紘人にストップをかけられ、香穂子は驚いて紘人を見つめた。
紘人はいつになく真剣な眼差しだった。滅多に見ない表情の紘人だからこそ、香穂子の心が更に揺れ動く。
それを知ってか知らずか、紘人は真剣な表情のまま香穂子を見つめ、そしてゆっくりと香穂子を自分の胸の中に閉じ込めた。

「!!・・・」
「それ以上言うなよ?日野・・・いいな?」
「えっ?先生。それって・・・」
「・・今はまだ、その言葉を口にする時じゃない。教師と生徒である以上は・・な。」
「あ・・・!」

そうだ。確かに自分は生徒で、紘人は教師だ。
しかし、それなら学校を卒業した時に、この気持ちを告白しても良いということなのだろうか?つまり、自分は紘人に嫌われてはいない・・・?と結論付けられるが、もしかして紘人はこう言うことで、今まで生徒の告白を断ってきたかもしれない。
第一独身である上に人気のある教師、加えてちゃんと見てみればかなりの男前な紘人がもてない筈がない。
仮に自分が卒業した時に紘人に告白したとして、紘人にその気持ちを受け入れてもらえるとは限らないのだ。
どうして、香穂子は紘人に恋をしてしまったのだろう?叶わない恋ほど、悲しいものはないのに。でも香穂子にとって、紘人は誰よりも気になる男性なのだ。気になるからこそもっと傍にいたいし、自分のことも知って欲しい。
けれど、そう願うことしか出来ない現実が悲しくてつらい。紘人がこうして抱き締めてくれている温もりも、優しい感触でありながら、ダメージになってしまう。
かすかに自分の胸の中で震える香穂子を見て、紘人は申し訳ない思いにとらわれた。しかし、教師と生徒の恋愛はご法度。それは、香穂子もよく分かっている筈だ。

「・・先生、すみませんでした。私、コンクールの時から、先生にわがままばっかり言って・・・先生の気持ちなんて、全く考えたことなくて・・・・それなのに、私・・・本当に、すみません!!今日は、これで失礼します!」
「日野!?」

紘人の腕をくぐり抜け、香穂子は最後は笑顔で挨拶すると、ヴァイオリンケースを持って即駆け出していた。
あまりの香穂子の素早さに紘人は追い付かず、ただその場に立ち尽くすだけだったが・・・・・香穂子の姿が完全に見えなくなってから、紘人は頭に手をやって小さく首を横に振った。

「・・・すまん、日野・・・・だが、お前にあれ以上言われたら、俺は・・・・」

春のコンクールの時から、香穂子は色んな仲間たちに出会って今も頑張っている。仲間たちに支えられながら頑張る香穂子を見て、時に応援するのは教師として当然の役割だ。
しかし、そんな香穂子に自分はまた、新たな「恋」という気持ちを抱いてしまった。だから、香穂子にあれ以上言われたら、紘人は・・・・・・

「・・いいさ。俺の片思いで・・・・あいつを支えようと思う連中は多い。取り分け、コンクールに出た6人プラス、転校生とOBな・・・・」

香穂子には、自分より相応しい恋人相手が沢山いる。だから、それでいいじゃないか。そう、割り切ろうと思ったが・・・・
思い出すのは、香穂子が演奏をパッタリと止めた時のことだ。そして『私、先生のことが・・・』と言おうとした香穂子の切なそうな眼差し・・・・・

「・・・全く、俺は何を期待してるんだか。あいつが卒業した時に、今と同じ気持ちを抱いてるとは限らんだろうに・・・・それを、望んじまうとはな・・・」

香穂子と紘人の微妙な関係。それは、この冬を機に大きく変わろうとしていたのだった・・・・・・・・

 

END.






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