「休日の一時」

 

待ちに待った日曜日。今時の女子高生なら、家でのんびりするのはもちろん、友達と出かけたり彼氏と遊びに行ったりするものだ。
ところが、星奏学院の普通科2年・日野香穂子の前においては、そのようなことはあまりなかった。今日も来る日のコンサートを前に、1人臨海公園で練習をしているからだ。
今回のコンサートで演奏する曲として、ほぼ符読みは出来ていた曲だったが、より完璧なものへとする為の練習。その心地よいメロディーが、風に乗って流れていく。
こうして1曲練習を終えた所で、香穂子が「フゥ〜ッ・・・」と息をついた、その時だった。突如、香穂子の背後から拍手が聞こえたのは・・・・
驚いて香穂子が後ろを振り返ってみれば、そこにいたのは金色の髪が印象的な今時の男子高生・香穂子のクラスメイトでもある加地葵だった。

「ブラボー、日野さん!」
「かっ、加地くん!?えぇっ!?ど、どうしてこんな所にいるの!?」
「ふふっ、日野さんに会いたかったから。」
「えぇーーーーーっ!?」

香穂子が本当に目を丸くして驚くと、葵は優しい微笑を見せた。

「・・本当だよ。日野さんに会いたいって思ったら、ここにいたんだもの。僕の方が驚いちゃった。」
「あ・・・で、でも、加地くん。『私に会いたい』って、どうして?」

香穂子は少し照れつつ、心にときめきを覚えながら葵にそう尋ねた。すると葵は、ニッコリ笑顔で香穂子に即答した。

「だって、僕は日野さんのファンだもの。いつだって、君に会いたいって思うよ・・・もちろん、これは僕のわがままでしかないけれど。」
「・・加地くん・・・その、ありがとう・・・・」

葵のストレートな物言いに、いつも香穂子は驚かされてばかりだ。おかげで心の中もすっかりかき乱されてしまっている。
照れて恥ずかしくなってしまった香穂子の顔は真っ赤になっていた。そんな香穂子を見つめて、葵は笑顔のまま、香穂子に囁きかけた。

「うぅん。僕の方こそ、ありがとう。休みの日にまで君の演奏を聴けるなんて、一緒に練習する時以外なかなかない事だから、嬉しいよ。」
「・・そっか、そうだよね。じゃあ、今度の日曜日、一緒に練習しない?あっ、もちろん加地くんの都合が良ければだけど!」
「日野さん・・・ありがとう!もちろん僕はOKだよ。君のヴァイオリンに僕のヴィオラを重ねるのは、未だにちょっと気が引けるけど・・・」
「そんなことないって!私、加地くんと練習するの好きなんだ〜。」
「えっ・・・?」

香穂子の思ってもいない発言に、葵はすっかり驚かされてしまった。
葵が目を見開いて香穂子を見つめていると、香穂子は照れ笑いしながら口を開いた。

「その、ね。加地くんの音って、私を包み込んでくれるように、とっても優しいんだ〜。加地くんがいつも、私に優しくしてくれるように・・・練習の時も、そうなんだなぁ〜って。だから、すっごく安心出来るの。」
「日野さん・・・本当?僕の音が、君を安心させてるの・・・?」
「うん!だから、加地くんさえ良ければ、これからもずっと、私を助けて欲しいなぁって・・・・ごめんね、私の方がわがままだよね・・・」

シュンと悲しそうな顔をしてしまった香穂子に対して、葵はすぐにブンブンと首を横に振って答えた。

「うぅん、そんなことないよ!日野さんの願いなら、何としても叶えてあげたい。君の望むままに・・・」
「ありがとう!でも私、また加地くんに甘えちゃったね・・・・加地くん、優しすぎるよ。いやな時は、『いや』って言ってくれていいんだからね?」
「そんな・・・僕は、『いや』なんかじゃないよ。だってそれって、君とずっと一緒にいられるってことじゃない。僕にとって、願ってもいないことだよ。」
「か、加地くん・・・・」

まさか葵に笑顔でそう言われるとは思っておらず、香穂子は面食らってしまった。そんな香穂子とは対照的に、葵は笑顔のまま香穂子に告げる。

「日野さん。僕で良ければ、いくらでも日野さんの力になるよ。僕は演奏に関しては未熟すぎて、君の足を引っ張ってしまうかもしれないけれど・・・・それでも、君を助けてあげられるなら何だってしてあげたい。君の喜びが、僕の喜びにもなるから。」
「加地くん。本当に、ありがとう!何か私、加地くんにお世話になってばっかりだなぁ・・・・ねぇ、私が加地くんにしてあげられることってない?」
「えっ!?そんな・・・僕が、日野さんにお願い事していいの?」

葵が驚いてそう言うと、香穂子は満面笑顔でコクンと頷いた。

「うん!あ、でも私に出来ることって少ないかも。加地くんの為に、1曲弾く位かなぁ・・・?」
「日野さん・・・!いいの?僕の為に弾いてくれるなんて・・・そんな嬉しいことないよ!」
「キャッ!加地くん・・・!?」

葵はもう我慢出来ずに、思わず香穂子を抱き締めていた。
突然葵に抱き締められた香穂子はドキンとしたものの、葵が抱き締めてくれる手や温もりが優しくて、自然と葵の体にその身を預けていた。

「・・日野さん。僕、本当に嬉しい。君が、僕の為に弾いてくれるなんて・・・嬉しすぎて、今なら天にも昇れちゃいそう・・・」
「えぇっ!?や、ダメだよ、加地くん!!天なんかに昇っちゃイヤッ!」
「えっ・・・?」
「どこにも行かないで!私、加地くんにはここにいて欲しいの!!」
「!・・・日野、さん・・・」

葵が驚いて香穂子を見つめたのと、香穂子がハッと我に返ったのは同時のことだった。
香穂子は途端に顔を真っ赤にして、葵の抱き締める腕の中であせりまくっていた。

「あっ、あの!ごめんね、加地くん!今の、何でもないからっ!!」
「『何でもない』?そう、なの?・・・日野さんは、僕がどこに行ってもいいんだ・・・」

葵に悲しそうな顔をされると、香穂子は弱い。あせったまま、香穂子は返事をした。

「あぁっ、違うの!そうじゃなくて!加地くんには傍にいて欲しいんだけど!!あっ!そ、そうじゃなくて、だからぁ〜。その・・・うぅっ・・・」
「日野さん・・・・ふふっ。可愛いなぁ・・・・」
「!!」

180cmという長身を生かして、葵は香穂子の前髪をそっと手で上げると、香穂子のおでこに軽くキスをした。一方の香穂子は、まさかそんなことをされるとは思っておらず、ただ驚きに包まれて固まっていた。
葵に軽くキスされたおでこの部分が、熱を帯びているような気がする。そこだけが熱くて、でもとても優しい温もりがして・・・・香穂子はただドキドキとしながら、葵を見つめることしか出来なかった。

「心配しないで。僕ならずっと、こうして君の傍にいるから・・・」
「加地くん・・・あの、ありがとう。でも、何だろう・・・さっき、加地くん・・その。キ、キス・・してくれたんだよね?ごめんね、すごくドキドキしちゃって・・・加地くんに、聞こえてない?このドキドキ・・・」
「日野さん・・・そんなこと言われたら、僕、日野さんから離れられなくなっちゃう。」
「えぇっ!?な、何で!?」
「だって、日野さんがそう言うなら、聞きたくなっちゃうじゃない?君の鼓動・・・ふふっ。僕がもう1回キスしたら、今度は聞こえるかな?」
「えぇーーーっ!?タ、タンマ、加地くん!!ここ、それなりに人通るし、恥ずかしいから・・・!」
「そう?それじゃあ、人があんまり来なさそうな所に避難しよっか。一緒に行こう、日野さん。」
「あ。うん・・・・その。ありがとう、加地くん・・・」

ヴァイオリンをケースにしまいながら、香穂子は小さな声で加地にお礼を言った。それに答えるように、葵はニッコリ笑顔を見せた。

「僕の方こそ、ありがとう。日野さん・・・ねぇ。ついでだから、ソフトクリーム食べに行かない?僕の奢りで。」
「えぇっ!?や、申し訳ないよ、加地くん!!私も払うから・・・」
「そんな、気にしないで!僕が誘ってるんだもの、当然のことじゃない・・・それじゃあ、日野さん。準備OK?」
「うん、OK!いざ、しゅっぱーつ!!」
「そうだね。行こう!」

こうして、葵と香穂子は共に並んで歩き出した。
それまでコンサートのことで精一杯で、練習しか目に見えていなかった香穂子だったが、たまにはこういう休息も必要なのだなぁ、と思いながら、葵の存在が、自分の中で確実に大きくなっていることを感じたのだった・・・・・・・

 

END.






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