「未来へのステップ -Happy birthday-」

 

「どうしよう・・・ウゥ〜ッ。どうしよう、どうしよう・・・・」

まだ少し肌寒さが残る今日この頃。3月という新しい月を迎えた今日は、日野香穂子にとって、一番大事な人・・・音楽教師・金澤紘人の誕生日だった。
数日前から、香穂子はずっと悩んでいたのだ。紘人へ贈る誕生日プレゼントを。
コンクール中はファータの手伝いもあり、煙草の吸殻入れやらミルクパンなどをプレゼントしていたものの、考えてみると、紘人にとって最良の誕生日プレゼントは何なのだろうか?
結局香穂子の中で答えが出ないまま、今日という日を迎えてしまい、現在の香穂子の状況に至るのである。

「どうしよう、ほんっっとうにどうしよう。今から家に戻って着替えて、先生の為に何か買って来ようかな?ケーキはもちろんだけど、後は何がいいかな?プレゼント、プレゼント・・・・」

今まで異性の、しかも特別な人への誕生日プレゼントをあげたことがない香穂子にとって、人生初の難題だった。
幸いにして、今日は卒業式。最上級生を見送った在校生たちも、卒業式終了と同時に自由帰宅となっているのだが、ケーキを買った後のメインのプレゼント。数日前から、ずっとこれに悩まされているのだ。紘人が喜んでくれそうなものは・・・・?
あれこれ考えてもちっとも良い物が思い浮かばず、香穂子が『うー、うー、どうしよう・・・』などと唸っていた時だった。背後から、半ば呆れたような声がしたのは。

「おーい、日野さーん。頼むから、その呟きやら唸り声やら止めてくれんかねー?」
「えぇっ!?キャアーーーッッ!!せせ、先生!?」
「何だ、何だ?そんなに飛び上がって驚かんでも・・・」
「驚きますよ〜!!何でこんな所にいるんですか〜!!」
「『何で』って・・・ここ、音楽科棟ですから。」
「ウゥッ。そうでしたね、先生・・・」

わざとらしい敬語の紘人に、香穂子は渋々頷いた。なぜなら、紘人の言っていることは正しかったから。
確かにここは音楽科棟。しかも音楽室に続く廊下で立ち止まって独り言を呟いているとあらば、誰が見ても少なからず怖い光景だろう。それまで紘人が呆れ顔だったのも無理はない。

「で?お前さんは、火原や柚木に最後の挨拶でもしに来たのか?それなら、クラスに行った方が確実だと思うんだが・・・」
「いえ、違うんです。実は、ずっと考え事してまして・・・」
「『考え事』?お前さんが?何で?」
「・・先生。まるで、普段私が何も考えてないみたいな言い方してません?」
「お、違ったのか。いやー、すまん、すまん。」

笑いながらそう言う紘人を見て、香穂子は少しだけ唇を尖らせる。
もちろん、紘人にからかわれているとは香穂子自身よく分かっていたが、何となく釈然としない。
それでも、『先生の誕生日プレゼントのことで悩んでいる』なんて、当人を目の前にして言える訳もなく、結局香穂子はだんまりを決め込むことしか出来なかった。

「・・それで?お前さん、何考えてたの?」
「・・・・先生には、秘密です。」
「そう来たか・・・さては、俺の事でも考えてたかー?」
「!!・・・」

嘘をつくのが下手な香穂子は、すぐに表情に出やすい。紘人としては冗談混じりで言ったつもりだったのだが、この香穂子の反応を見れば、それが図星だとすぐに分かる。
香穂子も、嘘でいいから否定すればいいのに・・・・と紘人は思ったが、そんな香穂子の素直でまっすぐな所が香穂子のチャームポイントだということもよく分かっている。
紘人は香穂子に少し近付き、頭を軽く撫でながらそっと囁いた。

「・・・俺も、お前の事を考えてたよ。」
「!せん、せ・・・」
「・・なぁ、日野。今から一緒に屋上にに行かないか?」
「えっ?どうして、ですか?」
「・・今日は卒業式だろ?俺は、これ以上面倒事に付き合うのはごめんなんだよ・・・」

紘人はそう言って、間が悪そうに頭をかく。やはり教師ということもあり、生徒たちから引っ張りダコになっているのだろう。
何だかんだ言いながらも、紘人は生徒たちに人気のある音楽教師だ。取り分け、音楽科の生徒なら紘人と一緒にいたいと思うだろうし、最後の記念にとメッセージをねだったり、写真を一緒にといったことがあるのだろう。
そんなことを考えただけで、香穂子は嫉妬してしまっていた。紘人のことを取り囲むだろう全ての卒業生たちに。
現在紘人がこうしてここにいる以上、香穂子は紘人を独占しているが、ここからいなくなられてしまったら、紘人は他の生徒たちと共にいることになるだろう。
いつもの香穂子なら『さぼっちゃダメです!先生』などと言う所なのだが、今日は紘人の傍にいたかったし、誰彼構わず嫉妬心を向けている自分を止めたかった。だから香穂子は、コクンと頷く。

「分かりました。先生、屋上に行きましょう!」
「お、いつになく物分りが良いなぁ〜。どうした?日野。」
「どうもしません!さ、早く行きましょ。せんせっ!」
「ちょ・・おい、日野!走らんでも・・・もっと年上を労われよ〜。」

全く走る気のない紘人を少し恨みがましい瞳で見つめながらも、香穂子は『早く、早く!』と急かしながら、時に走ったり、紘人と一緒に歩いたりしながら屋上へと向かった。
そして、金属性の扉をキイッと開いて香穂子と紘人は屋上に到着した。穏やかに晴れ渡った今日だったが、人は誰もいない。

「誰もいませんね、先生・・・」
「そう、だな・・・それより、日野。もう少し、こっちに来ないか?」
「はい・・・・あっ・・」

屋上の扉を閉めた香穂子が紘人の元に行った次の瞬間、香穂子は紘人に抱き締められていた。
大きな紘人の胸の中・・・そこはとても居心地が良くて、優しさと温かさに満ち溢れている。

「・・悪いな、突然。だが、どうしても抑えられなかった・・・」
「!先生・・・」

香穂子が驚いて紘人の顔を見ると、既に紘人は香穂子のことを真っ直ぐ見つめていた。それと同時に、香穂子もまた、紘人のことを見つめることしか出来なかった。
紘人は、まるで壊れ物でも扱うかのように、丁寧かつ優しく香穂子の髪に手をかけながら頬に手を置いた。それだけで、香穂子の胸の中はドキドキ状態だ。
こんな熱い瞳で紘人が香穂子を見つめてくることは滅多にない。一体どうしたのだろう?と香穂子に考える余裕を与えず、紘人は自分の顔を香穂子へと近付けた。
香穂子がドキドキしながら自然と目を閉じると、間もなく香穂子の唇に紘人の唇が重なった。
それは、時間にしてみれば1、2秒もないだろう。だが、香穂子にとってはそれが永遠の時間のように感じられて・・・・唇を離した後でも、そこに残る温もりが紘人とキスしたことを告げていた。

「・・・驚かせたか?日野・・・」
「は、はい、とっても・・・先生、余裕すぎてずるいです・・・」
「いや・・これでも、理性を抑えるのに苦労してる。お前といると、な・・・」
「せ、先生・・・・あの、はい・・・じゃ、なくて!えっと、先生。お誕生日、おめでとうございます・・・」

言うなら今しかないと思い、香穂子は紘人の誕生日を祝福した。紘人は香穂子がそう言うのを分かっていたようで、穏やかな微笑を浮かべながら小さく頷く。

「ん・・ありがとうな。」
「いえ、そんな。私、先生へのプレゼント、全然買ってなくて・・・ごめんなさい!!先生が何欲しいのか分からなくて、ずっと考えてたんですけど、何も思い付かなくて・・・・本当に、本当にごめんなさい!!」

何度も自分の腕の中で頭を下げて謝る香穂子を見て、紘人は表情を変えることなく、ただ香穂子の頭にポンポンと手を置きながら、軽く撫でた。
自分の為に何かしようとしてくれた香穂子が、愛しくてたまらない。ただでさえ、自分を長い失恋の痛みから解放してくれた香穂子なのだ。香穂子がこうしていてくれれば、紘人にとって、それが何よりのプレゼントになるということを香穂子は知らない。
しかし、それで良いのだろう。それが香穂子の揺るがない大きな魅力なのだから。

「・・そんなに謝るな、日野。お前は、今こうして俺と一緒にいてくれてるだろ?」
「だって。それは、卒業式の先輩たちに、先生をとられなくなかったから・・・」
「俺だって、お前をそんなやつらにとられたくないさ。ただでさえ、お前は無防備だしな・・・」
「えぇっ!?そ、そんなことないですよ〜!」

香穂子は全く気が付いていないのだ。コンクールで見事に優勝した日野香穂子という存在が紘人のみならず、コンクール出場関係者たちはもちろん、その他大勢の生徒を虜にしたということに。
紘人はわざとらしく『ハァ〜ッ・・・』と大きな溜め息をつくと、再び香穂子を自分の胸の中に抱き締めた。

「・・先生・・・どうして、そんな溜め息つくんですか?」
「・・・ま、あんまり気にしなさんな。」
「そう言われると、気になっちゃうじゃないですか〜・・・・ところで、先生?プレゼントは、どうすればいいですか?」
「ん・・・?俺は、お前さん自身がリボン巻き付けてプレゼントされても構わんぞー?」
「せっ、先生!!何言ってるんですか!!変態、エッチ!!」
「へいへい・・・要するに、俺はお前さんがいてくれれば、それでいいってこと。」
「えっ・・・?」

紘人にそう言われたあげく、ギュッと強く抱き締められたことで、香穂子はドキンとして紘人を見つめた。
香穂子と紘人は、再び見つめ合った。更に紘人の手は、しっかりと香穂子の腰と背中を抱き締めている。紘人の大きく温かな体と、大人の色気が漂う微笑は、香穂子の心を釘付けにして離さなかった。

「・・お前とこうしていられる時間は、滅多にないだろう?だから、今はただ傍にいてくれればいい。」
「先生!その声と囁き、反則です〜・・・!」
「ふーん?じゃあ、お前のその笑顔も、反則な?」
「えっ・・・?」

驚いたの香穂子の唇の上に、そっと重なる紘人の唇。予期していなかった2度目の紘人とのキスに、香穂子は最初驚くことしか出来なかったが、次の瞬間ボッと顔を赤くした。

「・・お前の、その真っ赤な顔も反則。」
「せっ、先生!!そんな、無理言わないで下さいよ〜!!」
「・・・日野。」
「はっ、はい!?」

改めて紘人に名前を呼ばれると、どうしたのかと驚いてしまう。
紘人は微笑みながら、片手で香穂子を抱き締めつつ、もう片方の手で香穂子の頭を優しく撫でた。

「・・・感謝してる。付き合ってくれて、ありがとうな。」
「先生・・・!そんな。だって、先生の誕生日ですから!本当に、おめでとうございます・・・」
「日野・・・参ったな、そんなに顔赤くしなさんな・・・恥ずかしくなるだろ?」
「だ、だって。先生格好良すぎますし、お声も格好良くって・・・」
「全く、お前ってやつは・・・」
「すみません・・・」
「謝らんでいいから・・・顔、上げてくれるか?」
「はい・・・!・・っ・・・」

香穂子が顔を上げた途端に、紘人の唇が香穂子の唇にスッと重なる。
たった短時間の間にこんなにキスしたのに、香穂子の胸のドキドキは高くなるばかりだ。紘人へのプレゼントを買ってないという悩みは既に香穂子の中から消えていて、ただ紘人と一緒にいる時間に幸せを見出していた。
そして、それは紘人も同様だった。こんな良い気分の誕生日は、あまりにも久しぶりで、少しくすぐったい気もするが・・・・これを『幸せ』と言わずして何と言おう。
しばらくは教師と生徒の関係が続くが、来年の今日は香穂子が巣立つ時だ。その時も、こうしていられたら良いな。その時は、この隠した想いを告げる時だ・・・と、紘人は思いながら香穂子を見つめた。
一方の香穂子も、紘人を見つめて笑顔を見せた。そして、来年こそは紘人を驚かせるプレゼントを用意しつつ、この気持ちを告白するんだと心に誓いながら、2人きりの時間を満喫するのだった・・・・・・

 

END.






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