「ぬくもり」

 

ある冬の日の放課後。今日も来るコンクールの為に練習に勤しむ日野香穂子だったが、いつも探している人物がいた。それは・・・・

「金澤先生・・・今日は、どこにいるのかな?」

香穂子が探している人物。それは、音楽教師の金澤紘人だった。
実は紘人と香穂子は、春に行われた学院コンクールのヴァィオリン・ロマンスにて、見事結ばれた正真正銘のカップルだったりする。
しかし、この仲を公に出来る筈がなく、今はお互い、自分の気持ちを言葉に出すことを禁じた。だから香穂子は、いつでも自分の演奏に乗せてその気持ちを紘人に伝えていた。
今日も紘人に伝えたいこの気持ち・・・・それは、練習という名の演奏。誰よりも最初に、紘人に聴かせたいから・・・・そう思ってあちこち紘人を探していたのだが、音楽室に行っても、森の広場に行っても紘人はいなくて。香穂子が少しあせりながら音楽科の屋上に足を踏み入れた、その時だった。ふとベンチに座っている人に目がいった香穂子は、同時に目的の人物を発見したのだ。
更に、すっかり寒くなった屋上には、紘人と香穂子以外誰もいなかった。ひょっとしなくても、これは絶好のチャンスなのではないだろうか?
普段紘人との関係を隠しているだけあり、抱き合ったりキスしたりといったことはあまりしていない。紘人にくっつく良い機会だと判断した香穂子がとった行動は・・・・

「えいっ!」

香穂子は出来るだけ気配を殺し、紘人の背後から、思いっきり抱き着いてみた。
たまには大の大人を脅かしてみたくなるし、いつも大人の余裕を見せる紘人に、ちょっとだけ仕返しである。

「うわっとと・・・日野!?お前さん、何して・・・!」
「見て分かる通りです!ドッキリ成功〜!!や〜、私ってばさっすが〜!アハハハハハ〜。」

驚く紘人の顔を見れて、香穂子はすっかり上機嫌だった。紘人はそんな香穂子を見て、嬉しいとも悲しいとも分からない溜め息をついた。

「ハァ〜・・・・あのなぁ、日野。あんまり年寄りを脅かすもんじゃないぞ?俺の寿命が2年縮まっただろうが。」
「えぇっ!?先生、これ位で寿命縮めないで下さいよ〜!」
「そんなこと言ったってなぁ、俺は繊細なの。お前さんが大事に扱わんと、その内消えちまうかもしれんぞ?」
「えっ!?先生が消えるなんて、そんなの嫌です!・・・分かりました、もう抱き着きませんから。でも・・・」
「ん・・・?」

突然香穂子の声のテンションが落ちたことで、紘人はどうしたのかと思わず香穂子を見つめた。香穂子は紘人に顔を見られたくないようで、横を向いたものの、抱き締めている腕に少しだけ力を込めた。

「・・もう少しだけ、こうしていさせて下さい。先生とこうしていると、温かくて、ホッと出来るので・・・・」
「日野・・・・・いや、それは構わんが・・・・ハァ〜・・・」
「先生?」

紘人が小さく溜め息をついたのを、香穂子は聞き漏らさなかった。2人しかいないこの屋上で、聞き漏らす訳がない。距離もこんなに近いのだし・・・・

「・・いや、悪い意味での溜め息じゃない・・・・お前とこうしてると、俺も温かくて安心出来る。」
「先生・・・嬉しいです!」

香穂子が笑顔を見せて更に紘人にくっつくと、紘人は香穂子の手に自分の手を重ねながらも、恥ずかしさを紛らわすかのように振る舞った。

「あー、もう。分かったから、そんなにくっつかんでくれ。」
「えぇっ!?どうしてですか〜、先生〜!誰もいないから、いいじゃないですか〜。」
「・・誰もいないからこそ、お前を独り占めしたくなるんだ・・・」
「えっ・・・?先生、今、何って・・・」
「日野・・・」

香穂子が驚いて力を抜いたのは束の間のことだったものの、その一瞬を見逃さず、紘人は香穂子を抱き寄せたかと思うと、その薄く開かれた唇に自らの唇を重ねた。
思ってもいなかったハプニングに、香穂子は何も出来ず、ただ紘人のなすがままだった。唇はすぐに離してもらえたものの、紘人に見つめられると恥ずかしくて、香穂子は顔を真っ赤にしていた。

「!っ・・・せん、せ・・・」
「・・仕返しだ。か弱い大人をいじめた、な・・・」
「うぅっ。別に私、いじめてないのに・・・・でも、嬉しいです。先生にキスしてもらえるなら、また抱きつこうかなぁ・・・?」
「・・お前さん、懲りてないな・・・?」
「当然です!だって、先生の傍にいたいですから・・・」

香穂子にそう言われて、嬉しくない訳がない。それは自分だって、香穂子の傍にいたいと思うのだから。
だが、今はまだ教師と生徒の関係だ。程ほどにせねばと思いながら、今この気持ちを抑えがたいのもまた事実。ま、今日位はいいか・・・・そう思いながら、紘人は香穂子を自分の隣に座らせて、香穂子の顔を自分の方に抱き寄せた。
香穂子は紘人のすることに素直に従い、笑顔を見せた。そんな香穂子を見ると、紘人の顔も自然と綻ぶ。

「毎日練習、練習で疲れてるんじゃないか?日野。まぁ・・今日位、ゆっくりしろや。」
「はい、先生!ありがとうございます・・・」

少し肌寒い空気が2人の間を流れるが、こうしてくっついていると、そんな寒さなど微塵も感じない。
やっぱり2人で一緒にいることは良いな、と思いながら、香穂子は紘人の体に身を預けて、幸せな一時を過ごすのだった・・・・・・・・

 

END.






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