「ウメさんパワー」

 

「おーい、ウメやー?ウメさんやーい。」

昼休みの真っ只中。金澤紘人は、森の広場にて猫のウメを探していた。
教職員も安らげる一時。そんな時は、学院にいる猫たちと戯れたい。取り分け、面倒くさい会議がある日は尚更だ。
つい先ほどまでウメと紘人は共にいたのだが、気まぐれな猫はこちらの気など知らず、どこかにフラッと行ってしまう。今しか一緒にいられる時間がないのだから、逃げないで欲しいと思うのに・・・・
だが、猫たちのそんな気まぐれな所も紘人は好きだ。だからこそ一緒にいたいと思うし・・・・
そんなことを考えながら、紘人がウメを探して歩いていた時だった。

「はいっ!はーい、せんせっ!ここです、ここにいま〜す!」

背後から突如聞こえてきた女生徒の声。紘人は驚いて振り返る。
見ると、そこにいたのは赤い長い髪の毛が印象的な、先の学内コンクールですっかり有名になった普通科の日野香穂子だった。

「日野・・・!?いや、俺が探してるのはウメさんなんだが・・・って・・・!」

よく見てみれば、香穂子が胸元に抱えているもの。それは紛れもなく猫のウメだった。

「ほら、ウメさん。『はーい』ってね、返事しなきゃダメだよ〜?そうじゃないと、先生分かんないみたいだから。ねっ!」
「にゃあんっ。」

香穂子は笑顔でウメにそう言いながら、ウメの片方の足を取って上げてみせている。
恐らく、香穂子としては挙手させているつもりなのだろう。しかし、そんなことは紘人にとってどうでも良かった。それより心配なのは・・・・

「日野。何だってウメさんを抱えてるんだ?手を引っかかれたら、ヴァイオリン弾けなくなっちまうだろうが。」

紘人がそう言った途端、香穂子はふくれっ面をした。紘人としては香穂子の身を案じたつもりだった為、まさか香穂子の機嫌を損ねるとは思っておらず、少しばかり目を見開いて香穂子を見つめた。

「そんなの、いいんです!ねぇ〜?ウメさーん。」
「にゃあっ。」
「ほら、ウメさんも『いい』って言ってますよ?ウメさんは私のこと、ちゃんと理解してくれるんだね!ありがとう!」
「にゃあんっ。」
「あのなぁー・・・日野。会話はいいから、ウメさんを離してやれ。」
「えぇ〜、どうしてですか〜!?私、ウメさんと一緒にいたいんです!ねぇ〜、ウメさ〜ん?」

猫のウメにばかり笑顔を見せて、自分には微笑んですらくれない。そんな香穂子を見て、紘人は少しだけ胸に痛みを覚えた。
いつからだろうか?ここまで香穂子のことを意識するようになったのは。もう2度と恋など出来ないと思っていた自分に、暖かい光を照らしてくれたのは・・・・・
紘人は一歩香穂子に近付いて、少し眉をひそめてウメに笑顔を見せている香穂子に声をかけた。

「・・日野。」
「はい。先生、どうしましたか?」
「ウメさんを離してやれって言ってるんだ。ウメさんもずっと抱えられてちゃ居心地悪いだろうし、何よりお前さんの手に傷が付いちまうかもしれん。」

紘人がそう言うと、香穂子はどこか納得いっていないような表情で、紘人から顔を背けた。
どうして今日に限って、香穂子は自分を見てくれないのだろうか?こうして会ったのは偶然だが、いつもなら明るい笑顔で挨拶をするのに・・・・

「・・・そう、ですよね。先生は、ウメさんの方が大事ですから・・・」
「日野・・・?」
「いつもウメさんばっかり、ずるいです・・・・私だって、もっと先生に会いたいですし、傍にいたいのに・・・・!」
「・・お前さん、今、何て・・・」
「ごめんね、ウメさん。拘束しちゃって・・・・それじゃあ、すみません。先生、失礼しました。」

ウメを地に離し、紘人にペコリとお辞儀をしてから、香穂子はすぐに駆け出して行ってしまった。

「日野!」

紘人が慌てて呼び止めると、香穂子はピタッとその場に止まった。紘人はゆっくりと香穂子の方に行く。少し照れ隠ししながら。

「あー、その。何だ・・・お前さんに会いたくても、面と向かって会いに行けないだろ?」
「えっ・・・?」
「・・そりゃあ、俺だってお前さんの傍にいたいさ。だが、そんなこと堂々と出来んだろう。分かるか?日野。」
「あ・・・先、生・・・」

香穂子はようやく紘人の気持ちに気が付いたようで、クルッと紘人の方を振り返った。
紘人は少し気恥ずかしかったが、頭をかいてそれをごまかした。

「・・日野。その、すまなかった・・・詫びと言ってはなんだが、これから音楽準備室に来ないか?コーヒーご馳走するぜ?」
「先生・・・・!はい、行きます!先生と一緒にいられるなら、それが一番ですものね!」

香穂子がようやく笑顔を見せてくれた。それは良かったのだが・・・・

「日野。お前さん、抱き着かんでも・・・!」
「だって、先生からのお誘いなので、とっても嬉しいんです!それに、先生の傍にいると温かくて幸せになれますし・・・ダメですか?」

少しだけ潤んだ瞳で、かつ身長差があるからか、自然と上目遣いになっている香穂子を見て冷静でいられるほど、紘人の心は穏やかではない。
何とか理性を保ちながら、紘人は香穂子の顔を見ないように、自らの胸の中に閉じ込めた。
それに驚いた香穂子は、「ほえ・・・?」と小さく声を出したのだが、それを聞き漏らさなかった紘人はニヤリと笑みを浮かべる。

「んー?どうした、日野。こうしてることが、幸せなんじゃなかったのか?」
「ヒャアッ!!せ、せんせっ!その甘い囁き、絶対反則ですってば・・・!」
「答えになっとらんぞ?日野。罰として、今の話はまた今度にお預けな。」

紘人はそう言うと、パッと香穂子を抱き締める手を離した。それに影響されたのか、香穂子も思わず紘人から離れる。

「えぇっ!?先生、どうしてですか〜!?幸せです、幸せですから〜!」
「タイムアップ。残念だったな、日野。」
「ええぇぇーーーーーっ!?あぁ〜、せっかくの先生との昼休みが〜・・・先生と一緒に飲むアフタヌーンコーヒーが〜・・・も〜う、私のバカバカ〜!!」

香穂子は両手を頭に置いて、必死にブンブンと首を横に振っていた。
さすがに、少しいじめすぎただろうか?可愛い子ほどいじめたくなるというが、おかしいものだ。自分はもうすっかり良い大人なのに・・・などと思いながら、紘人はそっと香穂子の肩に手を置く。

「日野。その、何だ・・・今日は、もう昼休みが終わっちまうだろう?だから、明日会わないか?」
「先生・・・約束、して下さいます?」
「・・そういうのは面倒だからパス。」
「えぇっ!?先生、ひどいです〜!!」
「あー、もう。分かった、分かった。約束すればいいんだろ?」
「投げやりな先生はますますひどいです・・・」

香穂子にしょんぼりされると、何が何でも笑顔にさせたくなってしまう。少し恨めしそうな顔で紘人を見つめる香穂子の頭を、紘人は優しく撫でた。

「悪かった、日野。約束するから、明日の昼休み、忘れるんじゃないぞ?」
「はい、先生!私、必ず行きます!」

香穂子が笑顔を見せてくれただけで、どうしてこんなにも心が弾むのだろう。紘人も優しい微笑を浮かべて、再び香穂子の頭を撫でた。
紘人にはない、真っ直ぐ純粋な気持ち。それがきっと、紘人の心をとらえて離さないのだろう。もう香穂子から逃れることは出来ないのだろうなぁ、などと思いながら、紘人はますます香穂子に惹かれていく自分を感じたのだった。

 

「にゃあんっ。」

一方、猫のウメは香穂子が逃がしてくれた所から一歩も動くことなくその場にいて、それまで紘人と香穂子のやり取りを見守っていた。
そして分かり合った2人を見ると、どこか満足したように一声鳴いてから、学院内のどこかに姿を消したのだった・・・・・・

 

END.






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