玉泉山は今日いつになくにぎやかだった。
口数の多い客人とひたすらに元気な客人が来ていたからだ。
「やっぱり玉鼎の入れてくれる茶はうまいなあ!」
「あ、私の持ってきた桃饅頭も出してよね」
洞の主は常のように微笑を湛え、珍しくかち合った同輩達をもてなしている。
彼の弟子は丁度出かけたところだった。
「でも道徳とここで会うなんて珍しいよね」
「ああ3000年ぶりくらいかな?太乙はしょっちゅう来てるのか?」
「う〜ん、時々はね。今日は用事があった訳じゃないんだけどさ」
そう言うと太乙は苦笑して、言おうか言うまいかと照れくさそうにした。
席についた玉鼎と道徳は興味を引かれ、どうしたんだ、と眼で尋ねる。
「うん、実はね。こっちに用事があったんじゃなくてうちに居たくなかったんだよね。
・・・今日は楊ゼン君から逃げてきたんだ」
それだけで玉鼎には事情がわかったらしい。
顔をわずかに二人からそむけ、声は立てないものの肩を揺らして笑っている。
「どうしたんだ?」
道徳はきょとんと重ねて尋ねる。
太乙はお茶を啜って愚痴を吐き出した。
「だってさ、あの子ったら要求に際限がないんだよ!」
まあ確かにこの間つくった宝貝ロボは一瞬にしてやられちゃって、
全然楊ゼン君の相手にならなかったんだけどさ。
先週のは5分くらいは保ったんだけど。
太乙のぼやきはしばらく続く。
どうやら出稽古に来る楊ゼンの相手を太乙お手製の宝貝ロボが務めているらしい。
はじめは宝貝のデータも取れて一石二鳥、と太乙も考えていたらしいが、
最近は楊ゼンの戦闘能力に太乙のロボが追いつかなくなった、ということのようだ。
可笑しい。
話がそこへ進むころには道徳も腹を抱えて笑っていた。
「今日あたり来るころだと思って今朝も明け方までいろいろ改良をやってたんだけどさ。
失敗した、っていうか今のところの出来じゃやっぱり敵わないなって思ってさ。
もうちょっと手を加えればいけるかなって感じなんだけど・・・」
だから今日は楊ゼンに会いたくなかったんだと、本人の洞府にいながら真顔で科学オタクは言うのだった。
「だって最近は毎日稽古に出てるんでしょ?
ここがいちばん楊ゼン君に見つかりにくいところだと思って」
私って頭いいでしょ、などと言うから一理あるとは思いつつもやはり二人は笑わずにいられない。
「まったく、どこまで強い宝貝ロボを作らせれば満足するのかなあ。」
そんな二人には構わず彼はまだぼやきつづけている。
「おまえの邪魔になるようであればしばらく出稽古は控えさせるが?」
ようやく笑い収めた玉鼎の、話の流れからはごく当然の申し出に太乙はぎょっとして叫んだ。
「冗談じゃないよ!
だってさ、宝貝ロボが相手にならないとあからさまにがっかりした顔でさ、
んでこれ見よがしに溜息つくんだよ?!
厭味の二言三言も忘れないし。
そこでやめるわけになんかいかないじゃないか。」
今日はちょっと間に合わなかったけどさ。私のほうから止めるなんて絶対にしないよ。
可笑しい。やっぱり可笑しい。
道徳は腹の底から笑う。
まあそれにしてもさ、もうすこし控えめにっていうかなんていうか。
謙虚にっていうか?
そういう言い方ってあると思わない?
玉鼎の弟子だって言うのにさ、何であんな生意気くんに育っちゃったかな?
あんなことを言いながら終わっていなかったらしい太乙の愚痴には
師匠から真面目な抗議が返った。
「あれは紛う方無き私の弟子だが?」
そのどちらの反応もが可笑しい。可笑しくて可笑しくてならない。
道徳は腹が痛くなるほど笑った。
うらめしそうな表情を浮かべた太乙の視線。
照れを隠したいような隠せないような玉鼎の口元。
お互いに言わずもがなのことを言ったと認めている。
それでも言わずにはいられないのも正直なところだろうが。
三人の師匠たちは知っている。
話題の若い道士がちょっと類を見ないほどときに慇懃無礼で傲慢であること。
またお互いが知っていることを知っている。
その若い傲りは誰よりも何よりも確かな、強さに対する謙虚の現れであること。
噂をすればそろそろ影が帰って来るだろう。
こんなふうに思われていることなどすこしも知らない影が。
案外に崑崙山は親莫迦だらけ。
ふつう子どもはそんなこと知らない。
ただ彼は傲慢で謙虚で。
だから親は莫迦にもなるのだ。
ぱんこさま、素敵な楊ゼンさんをありがとうございましたv
楊ゼンさんは出てこないのですが、軽くおまけをつけてみました。
「生意気くんに育っちゃって」のひとことはぱんこさまからお借りしました。
重ねてありがとうございます。
実はものすごく太乙らしくて気に入っている台詞でした。
青峯山での出稽古話は太乙のぼやきに消されてしまいました(笑)
ま、道徳が笑っているのを書くのは幸せなので、いいや。
02.07.17. 水波 拝
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