岡目八目



「あー、やられたさ」
小さい羽根が天化の横を掠めて飛んだ。

小さい割に案外重い追い羽根は結構な早さで飛ぶもので、そうそう打ち合いは続かない。
それでもカンカンと小気味良いリズムがずっと響いていたのは兄弟の運動神経によるところが大きかろう。
それにもうひとつ、一方の当事者は長く続けることを目指して打っていたはず。
それが相手に知れたかどうかはともかく傍目には、 少なくとも天化のすぐ横を通りかかってその声を聞きその顔を見た太公望にはそう見えた。

やった!と笑う天祥に、うーん、と少々憮然とした顔の天化。
「おぬしもまだまだだのう」ついつい太公望は立ち止まり、ちょっかいをかけることにする。

「・・・もう一丁行くさ」
「うん!」
太公望の口出しは無視して、天化はまた羽根を突く。
いや、完全には無視しきれずに一瞬口篭もってしまう辺りが老獪な軍師の悪戯心をそそるのだ。

カン、カンと再び羽根の音。
ここなら返せるだろう、と打ち合いが続くように打っていることは太公望の目に確か。
ここなら返せるだろう、と返せそうな限りでいちばん難しい場所を狙っていることも。
やっぱり今度も羽根を落としたのは天化だった。

かかっと太公望が笑う。
今度は言葉は必要ない。ぴくっと天化の筋肉がこわばったのが見えたりする。

そんな状態で体を動かせば、いい結果が出ないのは当然で。
もう一度羽根を落とした天化は深呼吸をして逆襲に出た。

「スース、やるさ?手加減しねえさ」
あーたいまは涼しい顔をしていても、内心は笑い転げているのはわかってるから。
そのままじゃおかねえからちょっと俺っちの相手をするさ。
「俺っち本気でいくかんね」

もちろんそんな反撃にひるむようならこの軍師ではないのであって。
「おや、天化、おぬし今まで本気ではなかったと言うのか?」
言葉尻を取られてぐっと詰まるのは天化の方なのだ。
「・・・んなことねえさ」
仮にそうでもこの状況で言えばそれはただの負け惜しみ。
無論相手に失礼な話で天祥に聞かせられる科白でもない。

いや、そうではなくて天化は断じて本気ではなかったなどと言うつもりはないのだ。
それもこれも全部わかって太公望は遊んでいる。

「兄さま〜!早く〜〜あ、たいこーぼー!」
向こうで羽子板を回して続きを催促していた天祥も、天化と話している太公望に気付いたようだ。
「たいこーぼーもやる?」
駆け寄ってきてこちらは屈託なく誘う天祥に、太公望は手を横に振る。
「いやいや。おぬしたちを眺めていた方が楽しいからのう」

「えー、僕、兄さまと太公望の勝負見てみたいな」
む?天祥のこの反応は軍師を微かに驚かせる。
「何だ、おぬしとやるのではないのか、天祥?」
天化がわしとと言うのはわかる。けれど天祥は天祥で自分と遊んでほしいと言うのだと思っていたが。

「だって、天化兄さまが本気を出すところ見てみたいもの」
天祥の返事はしれっと爆弾発言だった。

「ほう」
「ちょ、ちょっと待つさ天祥、俺っち手を抜いてたわけじゃねぇさ?」
面白そうに黙り込んだ太公望に、焦って言葉を重ねる天化。
「うん、それはわかってるけど」

「でも僕、天化兄さまが本気を出すところ見てみたい」

天祥は笑っていたから、とりあえず天化は安堵して。
なかなか侮れぬのう、と太公望は呟く。
ここなら返せるだろう、と返せる限りでいちばん難しい場所を探して狙うのは、それはそれで真剣な動き。
一往復でも長く打ち合いを続けるために本気を出している。

それは相手に勝ちたいという本気とは違うけど。だけど、いや、だから外せば悔しいさ。
断じて手を抜いているわけじゃないけど、必ずしも相手にわかってもらえるとは思わない。
いやそもそも、相手に勝ちたいという本気じゃないと、それを気取られるつもりもなかったのに。

「まいったさ・・」
天化とそして太公望が思っていたより天祥は賢明だ。
それを受け入れ次に天化はにいっと笑った。

「んじゃま、スース、勝負するさ」
その目は先刻の太公望の仕打ちを思い出してか剣呑に輝いている。
「げ、ちょっと待て、わしはやらぬぞ」
「えーっ」
「ほら、可愛い弟のご要望に応えるさ」

「おお、そうだ、わしは仕事の途中であった。早く戻らねば周公旦にはたかれてしまうわ」
口では勝ててもこの手の競技で天化の相手をするのは避けたいのが正直なところ。
「えーっ、つまんない」
「スース、都合のいいときだけ仕事を持ち出すのはズルいさ」
兄弟の不満をよそに太公望は三十六計を決め込んだ。
残された二人は顔を見合わせ、それから笑い出す。

「逃げられちまったさ。まぁいっか、続けるさ、天祥」
「うん!」

カンカンと高い羽根の音がまた響き、天祥と天化はそれぞれに本気で羽根突きに興じるのだった。


今年は春節に間に合いませんでした(汗)。
遊んでる太公望で遊びたかったんですけど、うーん?
天祥くんが本気なのはもう言わずもがなのことなので、
羽根を落とした天化はどんなだろうと書いたらこんな。

海乃苔さま、蛇に足を書いてしまってごめんなさい。
でもとても素敵に真剣に遊んでいる弟とお兄ちゃんでしたので、つい。
お兄ちゃんってこんな風、と思っているのでありました。
とても楽しい新年のご挨拶をありがとうございました。

04.01.25 水波 拝

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