雨の日



今にも降りだしそうな灰色の空を。
少年は窓からじっと見上げる。
恨めしそうかといえばそういうわけでもなさそうで、左右に小さく体を揺らすその姿はリズムをとっているようにも見える。
実際、楊ぜんは心の中でまじないを唱えていたのだが。

雨、雨、ふれ、ふれ、雨、雨、ふれ、ふれ、雨、雨・・・・・・・

「あっ・・・・」

楊ぜんは揺らしていた体を止めて、小さな声を洩らした。

「どうした?」

読んでいた分厚い書物を机上に伏せ、玉鼎が訊ねる。

「雨です」
「ああ、とうとう降ってきたか。・・・残念だったな」
「いいえ、いいえ、ねぇ師匠、お外に出ても良いですか?」
「なんだ、雨が嬉しいのか?」
「・・・・・・・・」
「濡れてしまうだろう?」
「やってみたいことがあるんです」

楊ぜんは窓際を離れ玉鼎の側にやってきた。手を後ろで組んで小首を傾げ、ダメですか?とちょっぴり不安そうに訊ねてくる。
そんな無意識の可愛らしさに、玉鼎が勝てるはずがない。

「それは、雨が降ったからやってみたいことなのか?」
「はい!」

一際、大きな返事。

「私が一緒でも構わんかな?」
「ええ、もちろん」

二人は雨の落ち始めた庭へと出て行った。







行き着いた場所は、菜園だった。
少々の野菜を二人で育てている。

「なぜでしょう?師匠」

楊ぜんが見つめるのは、サトイモの葉。

「雨が弾かれて落ちていきます」

確かに。
ポツリポツリと空から落ちてきた雨の雫は、大きなサトイモの葉の上でくるりと回ってまんまるい水滴となり、そのまま転げるように傾いた葉の端っこから地面へと落ちていった。

「ふーむ・・・・」

玉鼎は腕を組んで唸った。

「わかりませんか?」
「すまんな、私の範囲外だ」
「そうですか・・・・・」

楊ぜんはさも残念そうに小さなため息をつく。

「だが」
「・・・・?」
「太乙あたりなら知っているかもしれんな」
「今度聞いてみます」

僅かな可能性に、楊ぜんはニッコリと微笑んだ。

「ところで楊ぜん?」
「はい?」
「そろそろ中に入った方がいいと思うのだが・・・やってみたいことがあったのではないのか?」
「・・・・・・・ええ」
「どうした?」
「師匠・・・怒りませんか?」
「言ってみなければわからないよ」

玉鼎は苦笑する。

「この葉っぱを茎から取っても良いですか?」
「なんだ、そんなことか」

玉鼎はサトイモの葉を茎のいちばん下から1本ポキリと切って取った。
それを楊ぜんに手渡すと、楊ぜんは嬉しそうに茎の部分を持って、頭の上に翳した。

「傘に・・・・・なるかと思って・・・・・・」

自分でも少々幼稚だと思ったのだろうか。照れくさそうに玉鼎から視線を外し、翳した葉の裏側を眺める。

「ああ、丁度いい傘になるな」

玉鼎はもう1本を茎から折ると、楊ぜんと同じように頭の上に翳した。
そんな師の行動からは、自分を気遣ってくれた彼のやさしい気持ちがいっぱいいっぱい伝わってきてとても嬉しかったのだけれど、どう見てもサイズの合っていないその姿はちょっぴり滑稽で。

「このまま差してお家に戻りましょう」

楊ぜんは、やっぱりニッコリと微笑んだ。






*******






「今日も雨ですねぇ・・・・」

降り続く雨に。
崑崙最強と言われる道士・楊ぜんは不満そうにつぶやいた。

「雨は嫌いか?」
「ええ、修行がはかどりませんから」

きっぱりと言い切った愛弟子にかつての面影を重ねる。

「庭に傘があるだろう」
「・・・・・・・・は?」

玉 首を傾げ顔を顰める愛弟子を見つめ、
玉鼎は一人、くすくすと笑った。





―おわり―


ぱんこさまがご自宅を閉鎖されるに当たって、是非にも拝見し続けていたかった微笑ましい師弟です。
楊ぜんは7〜8歳かなあ、とのことですが、もう、可愛くて。
やってみたいと思うこと、やってみること、他愛ない一つ一つの積み重ねが健やかで、
親も子もこうして育つんだという幸せな気分がとてもとても好きです。
ぱんこさま、ほんとうにありがとうございました。

素材はまじゅさまminosさま・PSYさまよりお借りしました。


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