そのときぼくの世界から音は消えていた。
*
「だってそれは美しい僕には似合わないでしょう?」
僕がそんなことを言うと、太公望師叔はだああああ、とわざとらしく溜息をついて
呆れてみせた。
「なんだっておぬしはそうも見てくれを気にするのだ?」
別に責められている訳じゃないとわかるから、僕はふっと笑って答えなかった。
でもね、理由はあるんですよ。
僕は美しい僕でありたいと思う、その理由は確かに。
だって僕の瞼の裏には美しい姿がたくさん焼き付いていますから。
**
あれは日を経るごとに寒さが募るそんなころ。
吐く息がそのまま音を立てて凍るような朝。
幼かった僕を起こさないよう気を配って師匠は動かれていて、
僕がそれに気がついたのはたぶん何日か稽古を続けられたあと。
そうして崑崙にはめずらしく、さっくりと積もるほどの雪が降った日。
薄明けの空はけれど降る雪のきらめきで、白く明るい。
その中に師匠が佇んでいる。
静かに。
***
そうではない。
師匠は佇んでおられたのではなくて、その動きは激しくて。
斬仙剣の速さ重さに目を奪われた僕は寒さを忘れたほどなのだけど。
風を切る鋭い音も整えられた息遣いも間違いなく聞こえていたのだけれど。
そのときぼくの世界から音は消えていた。
静寂、それは美しい雪の降る音。
白一色の道着に身を包まれた師匠がそのなか端然と。
流れる動きがどの瞬間にも凍りつき、僕の瞳に焼き付けられる。
しんしんと世界が響いている。
そしてその音の深さに揺るがぬ師匠。
美しい。
そんな言葉を知らなかったほどに幼い僕にとってさえ、
ほかの言葉では表せない姿。
**
ですからね、太公望師叔。
美しい僕と口にするぐらいいいでしょう?
願いは言葉にすることで現実にわずかでも歩み寄ってくれると。
知らない貴方ではないでしょうに。
*
そうして僕は無意識のうちにも計算し尽くした笑みを浮かべた。
TENさまへ感謝を込めて。
でもなぜ貴方が出ていらっしゃるのか、師叔。
・・・いらっしゃらなかったら書けなかったんですけどね。
お話、というよりも絵の感想、と申し上げた方が確かに近い。
TENさま、ほんとうに美しい玉鼎さまをありがとうございました。
02.01.10. 水波 拝
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