真冬の昼の夢
ごろごろごろごろ、と。天化は雪玉を転がしている。
スコップで雪を掻くよりたぶん楽さね、とちょっと横着な理由ではじめたこの作業は、実はそれなりに難事業だったりして。すぐに偏って一定の方向にしか回りたがらなくなる雪玉を均等な球にしていくのは案外に力も頭も使うのだ。
「コーチ!、手袋借りるさ〜!」そうそう思い通りになるでもない相手に俄然やる気を燃やした天化は万全の体制を整えて、一心に雪玉を転がしているのだった。
燦々と太陽は照っているけど気温は余り上がらない。
そんな冷え込みも雪が融けないから好都合だ。
そういえばいつの間にか上着も脱ぎ捨ててしまって。
ごろんごろんごろん。雪の玉は次第に次第に大きくなって、いまでは天化の肩ほどもある。
転がし止めるのがもったいないような気すらして、もうちょっと、もうちょっと、と天化は続ける。
それからはたと気づくのだ。
雪だるまってものは、あんまり大きすぎても、可愛くない。
少し離れて自分の作ったおおきな玉を眺めてみる。
辺りを見回して、少し考える。
すぐに結論は出たようで、にやっと笑ってよっこらしょっと雪玉を運んで。
洞府の前のいちばん眺めも日当たりもいいところにそれを置く。
おもむろにスコップで、とんとん叩いて固めて均す。
も一度離れて眺めてみる。
それから一回り小さな玉を作りにかかる。
きれいな雪の残っているところを選んで転がして。
そうして重ねて雪だるま。
我ながら上出来だと思う。
台所から消し炭を拾ってきて目と口と。ちょっとまゆが太かったさ?
ちょっと角度を変えてみて。「コーチ!バンダナも借りるさ〜」
声をあげ、返事のないのをいいことにいつもの場所から借りてくる。
さっきまで自分が使っていたミトンを仕上げに差してやった。
へっへ。どこから見ても上出来だ。
そして、よく似ている。
すっかり満足して彼は煙草に火を点けた。
空を見上げると太陽が白く光っている。
ふわわわわ。いい気持ちになって天化は大きく伸びをした。
煙が空へと立ち上っていくのをぼうっと見つめる。
静かだ。
その煙に誘われるようにして天化は山へと歩き出していた。
いや、彼らしくふと気がつけば走っていた。
雪に深く足を沈めてみたり、逆に雪の上を駆けてみたり。
倒れこんでそうっと起きてきれいな人型を作ってみたり。
滝が凍り付いているさまに息を呑んだり。
うさぎの足跡を見つけたり。
雪ひとつかみをさくっと口の中に放りこんでみたり。
青峯山のどこもかしこも白一色で、その蔭につつましく隠れる緑の葉がいっそうきれいで。
ひとしずく溶けた水玉が日の光を映して輝いていて。
いつもの、けれどいつもと違う山の中に彼はどんどん分け入っていく。
急にまぶしい光に包まれた。
開けた草原。日の光をさえぎる木々がなくなったから。
そこにさっきの雪だるまがご機嫌よろしく天化を待っていた。
「天化っ!雪合戦をするぞっ!」
目も口も眉も少しも動いていないのに、満面の笑みだとわかってしまうのはどうしてだろう。
「あーた雪玉握れるのさ?」と、すかさず突っ込んだら「失礼な」っとばかりに的確な狙いで雪玉がひとつ飛んできた。かがんで避けてそのまま二つ三つ握って投げ返す。これがまた、おおきな図体のくせして案外上手に避けるのだ。
「どこを狙っている、天化?」
からかうような口調に天化は行動で返す。けれどさらに倍の雪玉が返ってきて、ふたつみっつ天化は避け損ねた。
「あっはっは!」
けれど今度投げ返した雪玉は、笑っている雪だるまの横腹に見事に命中。遠目にも雪だるまがむっとしたのがわかった。勢いを増した玉が飛んでくる。
投げて、避けて、握って、また投げて、走って、隠れて、笑って、投げて。
雪野原をふたり(?)は所狭しと駆けまわる。
雪合戦なんて、どれくらいぶりにやるのだろう。
天化は笑い疲れるほど笑って、そしてコーチも一緒にいたら良かったのにさ、と思った。
「天化、おい、天化。」
不意に思いがけない方向から呼ばれた。振り返り天化は相手を認める。
「あ、コーチ。どこ行ってたさ?」
その言葉に道徳は変な顔をした。何でさ、と天化が考える間もなく次の言葉。
「おまえこそこんなところで何やってるんだ?しかもそんな格好で。風邪引くぞ」
へ、と天化が辺りを見まわすと、そこは雪野原には違いなかったが山の中ではなく、
洞府の前だった。
太陽はもうだいぶ西に傾いて、さすがにランニング一枚では冷えてくる。
あれ?
「俺っちここで何やってたさ?」
思わず口にすると道徳が呆れた視線を投げてきた。
「そんなこと俺が知るか。・・さっさと風呂でも沸かせ。」
その言葉に雪かきの途中だったことを思い出した。風呂の水も汲んでないし夕飯の用意もまだ手付かず。 これはやばいさ。
とりあえず風呂の仕度を始めようと考えた天化の視界に融けた雪だるまの姿が入る。
辺りを見回す。積もった雪はちっとも融けてないのに。それなのに。
近づいてみると融け残った雪だるまの顔や腹には融けてできたとは思えないでこぼこが。
「コーチ、俺っちと雪合戦しなかった?」
駄目でもともとと言ってみる。否定の返事が返ってくるかと思いきや、聞こえているはずなのに返事はない。
ま、いっか、と天化は思う。
「コーチ、明日俺っちと雪合戦しよう」
「明日な」
答えが返ったことに満足して、天化は仕事に取りかかるのだった。
真夏の夜の夢、というよりはくるみ割り人形?
タイトルの語呂が悪くて恐縮ですが、とても楽しかったです。
ぱんこさまのお宅の掲示板で出ていました、コーチはあの中に?!って話題を転がしたらこんな風に。
でも実は当初の予定では、コーチに「お帰りなさいv」と申し上げる話でした。違いすぎ(^_^;)。
ぱんこさま、素敵な天化&雪だるまをありがとうございましたv
今後ともよろしくお願いします。
03.01.20. 水波 拝
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