いつものことだけど、研究室に閉じこもっていると時間を忘れる。
バタン、と音を立ててドアが開いた。
火尖鎗の改良に夢中になってラボに閉じこもっていた私は目をしばたかせる。
ナタクの後ろから射し込んでくる光は照り柿の色。
もう夕暮れなんだという事実は最近毎日私をおどろかせている。
開いた扉から光と一緒に冷たい空気が流れ込み、私は思わずくしゃみをした。
「オマエは強くなりたいとは思わないのか?」
うっ。
不意に投げかけられた単純な問いに、全身が固まる。
片付けかけた道具を置いてそおっと顔を上げると、真っ直ぐな視線とぶつかった。
一日手元を見つづけた体はこわばっているから。伸ばした首筋がちょっと痛い。
どうしていま急にそんなこと聞いてくるのかな?
その子は戸口にすっと立つ。
「そう、だね、わたしは宝貝づくりでここまで来た仙人だから」
それはわたしの中にあらかじめあったような言葉。
たぶんほかの誰かにも答えたことがあるような。
覚えているわけじゃないんだけどさ。
そうして知らない間に外していた視線をもう一度合わせると。
この子は変わらずに私をじろっと眺めている。
どうやら納得してくれなかったらしい。
どうしよう。ほかに言えることってないんだけど。
強くなりたいとは思わないのか?
質問の答えは、「思う」か「思わない」だよね。
だったら「思わない」と言えばいいのにそうはできない自分がいること、はじめて私は気がついた。
道徳あたりに聞かれたら、「思わないよ」って言えそうな気がするんだけど。
でもこの子には言いたくない。
これは見栄なのかな?教育的配慮ってやつかな?それとも?
自分の気持ちはわからないまま。眩しい戸口と薄明かりの研究台との距離がもどかしい。
腰を伸ばして私はゆっくり部屋を出た。
西日のなか、まだこの子は答えを待っている。
答えろ、と遠慮のない眼の光。
この子はいつでも真っ直ぐだ。
分からないから、知りたいから、答えろ、と。
そう、きっとそれだけなのだろう。
何故いま、を考える意味はない。急に、でもない。
ただ知りたくなったのだ、だから問うのだ、この子は。
知りたがっているから、答えを。
ただ、答えを。
見栄じゃなくて。親としての、師匠としての配慮というのでもなくて。
だいたい私はもうとっくに戦闘能力じゃこの子に敵わないのだ。どんなに宝貝を駆使しても。
見栄なんて張る余地はない。
強くなることの価値を伝えたいのなら。
わかっちゃいるけどやらない見本を教えることなんて、
ちっとも教育的じゃないよね。
そうじゃない。
知りたがっているから、答えを。求められているのはただそれだけで。
それに答えたいのはわたしなのだ。
そうじゃなきゃ研究なんてやってない。
言えない答えがあるならそれは。それはわたしの答えじゃないからだ。
冷たい空気に囲まれながら、あらためて答えを探し始める。
強くなりたいと思わないのか?
探す私をナタクはじっと待っていた。
赤い光のただなかに、背筋を伸ばして身じろぎもせず立ちながら。
真っ直ぐなその存在を、眩しいと思う。
そうしてもう一度目をしばたかせたわたしは答えを見つけた。
この子が納得するかどうかは分からないけれど。
「強くなりたいと、思うよ。でもね、それ以上にやりたいことがあるんだ」
そのときご丁寧にももう一度くしゃみが出た。
「そうか」
一瞬ナタクはほっとしたような顔を見せたのかもしれない。
答えを聞くとすぐ踵を返して去っていく後姿に、私もすこしほっとして笑った。
それ以上をその子はなにも聞かなかった。
光の中の健やかさに憧れない研究者はたぶんいないのだろう。
光はとても眩しくて、それを「いらない」なんて切り捨ててしまうことはきっとできない。
強くなりたいと思う願いの種はわたしの中にもあったのだ。
けれど薄暗いラボが心地よくてそれを忘れてしまいもする。
宝貝と向き合っているのが大好きなのもホント。
肉体の鍛錬の道はさっぱり捨ててしまったのもホント。
片方だけを好きで選んだ。
けれど選んだことすら忘れてしまったら、
あの子と同じ世界にいられない気がするから。
たまには光の中に戻ろう、と
私が大きく伸びをしたとき。
窓の向こうで夕陽が沈んだ。
学問の秋、なのかも。
スポーツ・・・・例えばラジオ体操はできますか?
そのさらにさらに手前から。