灯火親しむのころ



「コーチ、風呂沸いたさ」

とっぷりと夜も更けて、天化の1日の修行というか雑用もこれでまあ一段落。
ふう、と息を抜きつつ師父の部屋を覗きこんだ彼はそこで眼を丸くした。

「天化、ありがとう! ・・・どうした?」
道徳真君は起き上がり振り向いて、動きを止めている弟子に問う。
まあ理由は彼にも想像はついたのだが。
ここは一応はっきり聞いておかないと。

「あ、いや、びっくりしただけさ。てっきり筋トレしてるんだと思ったから」

「失礼な!筋トレにだってなってるぞ!背筋も大腿筋もばっちりだ!」
「コーチ、それ失礼だって突っ込むところ間違ってるさ。
っていうか、もの読みながら筋トレなんてしなくていいさ」


一歩部屋に足を踏み入れ見渡すと、床の上には巻物が数本。
天化が夕食の片付けや風呂の支度をしていた間、 道徳はどうやらそれに目を通していたようだった。
寝っ転がって海老反りだの腕立て伏せだのやりながら。
どこから持ってきたんだか、部屋の灯りがいつもよりひとつ多い。

師父と書物などおよそ想像もしなかった組み合わせで。天化はついつい呟いた。
「だいたいこの洞府に巻物があるなんて俺っち知らなかったさ」

「あれ?見たことなかったか?」
応じながら道徳はいちばん手近の巻物をくるくると巻く。
乾いた木簡が擦れてかちゃかちゃ可愛く音を立てる。
端に付けた巻緒できゅっと縛るとほい、と天化に手渡した。

「その辺に積んであるからさ。部屋の掃除頼まなかったっけ」

道徳が示した一角は、トレーニング器具やら宝貝らしきものやらが占拠している。
天化や道徳の背よりも高い雑多な山。
彼がそう言うからにはそこに巻物もあるのだろう。
しかし一瞥すると天化はわざとらしく溜息をついて言った。

「見えねえさ。ついでに、ここは散らかってるように見えても どこに何があるかは分かってるからこのままにしといてくれって、最初にあーた言ったさ」

「言ったかな?」
ま、覚えてないけど言ったんだろうな。 道理でここだけ埃が積もる気がしたわけだ。
そして道徳はからっと弟子に向かって宣言する。

「それじゃあ明日からここの掃除もよろしくな、天化。」
「はあ?」

とんだところからの薮蛇に、天化はぎりっと手にした巻物を握り締める。

「場所は任せるから。適当に片付けといてくれ」
これ、ちゃんと片付けるには棚から作らなきゃいけないさ?
そいつはちょっと一仕事さ。

「あ、そうだ。ついでだから明日全部虫干し!巻物も宝貝も全部な。干して片付けといてくれ!よろしくっ!」
「はああ?」

ちょっと待つさ!この散らかりようを明日一日で?
修行はどうするさ?・・・って、こっちをやれってことさね?
今に始まったことではないが、無茶を承知なんだか何も考えていないんだか分からない注文に、 ついつい天化は拳を震わせていた。


「天化」
ふっと道徳はさっきと違う落ち着いた口調で名を呼んだ。
「何さ?」
微妙にとがった返事に彼は笑む。
「それ、割るなよ?」

「え?」
道徳の視線を追った先は自分の右手。 そうしてようやくあまりにも遠慮のない力でそれを握っていたことに天化は気づく。
誰のせいさ?と、一瞬思わないでもなかったけれど、 手を緩めたら肩の力も抜けた。

「そうさね」

そのまま天化は部屋を出る。
「コーチ、さっさと風呂入るさ。湯が冷めないうちに」
そんな軽口を言いながら。
「ああ、そうしようっ!」
自室に引き取る天化の背中に声を掛けてから、道徳は巻物を広げたままの部屋を振り返った。

ちゃんと片付けたらもっと場所を取るよな、こいつら。
半分くらいは天化の部屋に置かせようか。
ま、明日の話かあ。
そして一つを残して灯りを落とす。

それにしても天化、自分が巻物持ったまま部屋に戻ったこと気づいてるのかな?

弟子の様子を思い出して笑い、久しぶりに読んだ書も面白かったなと思い出して笑い。
愉快に笑いつつ道徳は風呂へと向かうのだった。



これでも読書の秋。虫干しは1週間位するのかな。1ヶ月なんてのもあるけれど。
床の間のお軸は、晴れた日に掛けかえることくらい気にしていたら大丈夫かな。
まあ、これらは紙の巻物のことですけどね。
巻物や書物、木簡の定義・歴史はちゃんと調べていなかったり。
気が向いたら結果報告します。連作終了後に。

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