やっぱり、違う。
ふうっと白い息を吐きながら、僕は庭を眺めた。
そこには東から降る淡い光が満ちている。
身の引き締まる空気のなかすっきりと掃き清められた光景は充分美しいと言えるものだったが、
どうにも納得はできなかった。
あれはもう、十日は前になるだろうか。
僕は早くから鳳凰山へと使いに出され、師匠みずからが洞内を清められた。
昼近く、戻った僕は思わず周りを見回したのだ。
なにかが違う。
あまりにも違う。室も、庭も。
毎日毎日、それこそ千回も一万回も掃除をした場所。
まして見飽きるほどに師匠と日々を送り続けている場所のはずだけど、
その日の洞府の表情に僕は言葉を失っていた。
その印象は忘れないのに。
次の日からの試行錯誤はけして結果を伴ってはいない。
どのように庭を掃いても室を拭いても。
それは美しくないことはない、いや、確かに美しい。けれど。
あの日のそれとは似て非なる。
思い返せば簡単に、かたちの違いは分かるのだ。
例えば庭なら、自分がきっと掃ききってしまうような落ち葉がそこには残されていた。
部屋の中、細々とした道具はけして定位置に限ることなく、
使うものは使うところにたたずんでいた。
かたちは分かる。
意味もわかる。
けれどかたちをなぞっても、余計に醜いものしか生まれないみたいで。
掃いては迷いした庭を眺めれば、どこで何を考えていたかは箒跡が喧しく喋っている。
何もかもすっかり掃き捨てて木を揺すれば、そのとき落ちた葉の事々しさには苦く笑うしかなかった。
今日はせめてそれよりは、とまた常のように一葉も残さず掃き浚えている。
試みるところが見当違いである筈は決してない。
でも目指すところとはやはり遠く隔たっているのだろう。
明るくて美しくて落ち着いた。
あの日の庭を思い出しつつ再び僕はながく白い息を吐いた。
玉鼎師匠はこの庭をどうご覧になるのだろう?
それでも竹箒を持ち直し、止めていた手をまた動かす。
あとは洞府の裏手のごくわずかのみ。迷うからってやらないわけにもいかないのだ。
そのとき、ざっと後ろで砂利を踏む音がした。
「お早う、楊ゼン」
「おはようございます」
何かご用ですか、と尋ねる間もないうちに。
師匠は僕の横をついと通りぬけられて、まだ掃きよせていない薄暗がりの一角に膝をつかれた。
「ああ」
それはいつもの玉鼎師匠の落ち着いた低い声。
けれどそうでありながらはっきりと喜びの感情が含まれて、僕は何故だか言葉を失った。
一呼吸のち、向けられた視線に応じて師匠の横へと進んで屈む。
そこにあったのは数枚の照り葉。
これがどうして目をひくのかと思うところへふと日が差し込んだ。
きら、と葉が光を返す。
照り葉の上の白く細かい輝きは、眺めるうちに雫へと転じた。
霜だった。
そしてそれは文句なしに美しかった。
僕らはふたりそれを見つめる。
「おそらくは、今年まさに初の霜だよ」
すべてが解け切ってから、でも身を動かされることないままに、玉鼎師匠はそう仰った。
「例年はもっと冷えてからしか思い出さぬのだが・・・
ここ数日格段に庭が快いゆえ、ふっと思い出したのだろうな」
え?
聞き直してよいものかと師匠の表情を窺ったけれど、
それはまだ濡れた照り葉に向けられて、もう少しのところで読み取れない。
紅葉を喜ばれているのか、けれど紅葉は毎年のこと、けれど。
僕が納得できないのはそのここ数日の庭だけれど。
ねえ、師匠?快いのは何が、です?
答えが欲しい。
ほんの微かな声でもきっと届く。
けれどすぐそこにある横顔に、僕は問いをかけられなかった。
自分はまだ言葉を失っている。
何が、何故。
問うてしまえば快さを壊す。
それだけが突如納得できたから。
言葉で問えば言葉が答える。問う言葉は分かつ言葉だ。
正解と不正解を。正しいかたち、間違ったかたちを。
答えはある。正解はきっとある。
けれど言葉がかたちが答えなら、それは分かたれ固まり止まったもの。正解には違いなくても。
世界は刻々と移ろっていくのに。だってもう、霜の季節。
間違っていないかたちを組み合わせても、求めるものはそのもうひとつ向こうに。
それこそがここ数日噛み締めた事実。
答えはこんなに欲しいのだけど。あの日の庭は何の向こうに?
けれどそうして迷う僕を。師匠はたぶんどこかで是とされている。
落葉をいまだ静かに楽しまれつつ。
それは答えではなく、どうしたらよいのかはわからない。
僕はこの庭にまだ納得がいかない。
だってやっぱり違うのだ。
けれど、たぶん。
日々表情を変える庭のなか、また明日も迷いながら掃く。
たぶん、ただそれだけのことなのだ。
紅葉を、掃く以外の料理法は思いつかないのだろうか?
「見る」より「する」が好きですが、ほかの「する」を思いつき、
そして書くには自分の中の引き出しが少ないです。うう。
でも結局のところ落ち葉掃きそのものが好きなのか。
柿の葉の上に霜を散らした「初霜」は、先日頂いた主菓子でした。