誕生



おめでとう            闇の中に声を聴いた覚えがある。


「めでたいことだ」「かわいい子だよ」「元気でよいこと」
光の世界にはじめて出てきた私の周りはたくさんの笑顔と暖かい言葉に満ちていた。
皺のある大きな手に抱かれて温い産湯に私は浸かる。

もちろんそれは生まれたばかりの赤子が知覚できたはずのないこと。
物心ついた後に語られた言葉がつくりあげた記憶に違いないのだが。

族長の一族に久方ぶりに生まれた新しい命。
存亡の危機にある人々にとって誕生はそれだけで希望だ。
私の誕生を族を上げて祝ってくれたと聞いている。

希望は期待。草原が好きで羊が好きで戦が嫌いなでも勇敢な。
その優しい人たちの願いに応えたいのは私の願い。
応えられる私になりたい。
いずれ世界が必要とするような私に。



「邑姜。君の世界って何?」

不意に脳裏に響いてきた声に私は周りを見まわした。
そうしてから気づく。これはいつものこと、語りかけた義父はここにいない。
私は高い高い空の下、羊たちのただなかで、群れを追いつつ夢を見ていたらしい。
あの人も遠く羊のただなかで眠り続けている。

「答えはないのかな?邑姜」
「そうですね、」
少し時間をくださいと言い、姿なき声に促されて考える。
世界。それは羌、私と私の義父の族?
隣の小父、向いのお婆、日々触れている優しい笑顔がいくつもいくつも浮かんでくる。
私のわかる私の世界。

けれど答えがそれでいいのなら、この怠惰な義父がわざわざ語りかけてくることはないだろう。
そんな風には知恵の回る自分が嫌だわと思ったとき、微かに夢の向こうで義父が笑った。

「そのみんなは何を願うの」
私たちが私たちらしく、そしていのちを脅かされず。生きていける、そんな世界。

そこまで思ってようやく気がついたのだ。
その世界には私たちしかいないわけでは、決してない。

「あ、」
言葉になりかけた思考は風にさらわれた。
いま私の周りどこにでもいた義父はもういない。
私はひとりで考え続ける。

私の知らない人たちも、きっと間違いなく夢を見る。同じ世界に何かを願う。
願いを知りたい。その人たちを知りたい。
そして知らなくても応えられる私になりたい。いずれ世界が必要とするような私。

いまつかんでいる願いに応えるためにも。




おめでとう            闇の中に声が聴こえた。


私は目覚めて周りを見まわす。
ここは屋根の下。主が華美を好まないとはいえそれなりに立派な部屋と寝台。
女官が数人控えている。
深い、懐かしい夢を見ていた。

臨月の腹に手をやれば、そこには確かに生の証。
どくん、どくんと懐かしい音。
誕生は希望。義父が祝いを言ったのだ、この子は無事に生まれるだろう。

私たちが私たちらしく、そしていのちを脅かされず。生きていける、そんな世界。
願うかたちにわずかに進んで。
進めたことはうれしくて。

まだまだ進みたいのだ。
戻ることもあるに違いないのだ。

いのちが継いでいかれる限り、すこしづつ先へ進めると願って。

希望あふれる世界にいらっしゃい。笑顔で貴方を迎えるから。
「誕生、おめでとう。」



クリスマス、救世主の誕生日に。
何時の間にか意識が五重構造になりました。
クリスマス更新が恋愛のかけらもないというのも・・・
まあ、当荘らしくていいか(^_^;)。

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