ひまさ〜。 天化は通りをぶらぶら歩いている。まだ慣れない街は、家々の造りも、店頭の品々も、人の服装から空の色まで天化の目を引く。 へへっ、活気があっていいところさあ。 人の行き来は途切れることがなく、あちらこちらでわっと笑い声、話し声、怒鳴り声。食欲をそそる匂いが鼻をくすぐれば、そこかしこで物売りの口上や、客の呼び込みの声も聞かれる。目に鮮やかな品がどの店にも山と積まれていて、そしてさらっと乾いた風が、街中を駆け巡っている。 とりたてて理由もなく、天化は楽しくてたまらなくなる。 みんな笑ってるさ。賑やかなのって好きさあ。
* 平和ボケかな? すれ違った男と、肩がぶつかる。 天化は街に気をとられ、男は話に夢中でちっとも前を見ていなかったようだ。 「あっ、わりい!大丈夫か?」 「ああ、すまねえさ」 短い言葉を交わして、行き違おうとした天化だが、ふっと違和感を感じる。 あれ?俺っちこの声聞いた事あるさ。 振り返って見れば、相手もあれ、と思ったようだ。 毎日王宮で見ているのにそっくりの、大きな碧玉の瞳がとくに。 「え、と・・・・・姫発さんさ?」 まさか、こんな下町にいるはずないさ、とは思ったのだが、 それでも姫昌によく似ているというひとの名をどうにか思い出して口にする。 「ん?ああ、姫発は俺だけど?おまえは?」 あっさりと肯定され、一瞬、天化は状況の認識に失敗した。 そして次の瞬間、呆れ返る。 俺っちは黄天化だけど。 あーた、こんなところでいったいなにしてるさ? 姫発さんって、王太子サマさ? つーかそもそも、無用心もいいところさあ! 天化は殷郊を思い出す。時々一緒に遊んだ年下の王太子は、 ごく幼いころから次代の王であることの強烈な自負心と責任感を持っていた。 父王と国を誇りとして、自らをそれにふさわしくあるように努める。 そーゆーもんはあんまり期待できそうにないさ、この人には。 姫発のへらっと笑った顔を見ながら、天化はついついそう考えた。 実際、天化の言葉に発がこたえている様子はない。 「いーんだよ、仕事なんて。」 旦が俺よりよっぽどしっかりやってくれてるからな。 それに朝歌はどうだったか知らねえけど、西岐は安全だぜ? 親父を恨んでる奴なんていねえし、みんなばっちり食ってたくさん遊んでるからな、盗みも殺しも滅多にない。 俺が1人でふらふら歩いてたって、危ないことなんかありゃしないのさ。 それに俺は1人じゃないしな。こんなに遊び仲間がいるからよ。 そう言って、姫発は周りを見て笑った。 周りの男たちから、おうよ、と声がかかる。 「発ちゃん1人じゃどんなけんかにも勝てやしねえもんなあ」 と誰かが言い、 「うるせえよ」 と発がむっとした調子で言い返す。 皆が大笑する。 姫発も笑う。 天化も笑った。 俺っち、なんで笑ってるのさ? 仕事が人任せでいいわけないし、 これっぽっちも納得はしてないっていうのにさ。 笑った自分に思わず困った天化の顔を見て、発はにやっとして言った。 「お、まだ納得いかねえのか? 細かいことは、気にすんなって。人生楽しくやれねえぜ? おまえ、黄天化、だっけ。俺を連れ戻しに来たわけじゃねえんだろ? 武成王には確か他に、もう少し年のいった息子もいたよな。 どうせおまえも、王宮でやることなくて街に来たんじゃねえの? 俺とおんなじじゃん。俺も次男坊だしさ。 おまえ、この街はじめてだろ?せっかくだから、案内してやるぜ。プリンちゃんいっぱいのスポットとか、気のいいおばちゃんのいる美味い店とか、賭博屋とかな。 この街は、ホントいいところだぜ、なあみんな。 ほら、行くぜ。いーから、来いってーの。遊ぼうぜ、天化。」 「・・・あーた、強引な人さあ。」 確かに俺っちはどーせ暇なのさ。それじゃ、今日はあーたの護衛代わりでも勤めてやるさ。 苦笑しつつ、天化は答えた。 俺っちたちのこと、ちゃんと知ってるんさ。意外さね。 しかも結構鋭いときてる。 それでどーしてこんないーかげんなんだか不思議さあ。 天化は、姫発を観察するのが面白くなってきた。 「よっしゃ、いくぜ」 姫発の髪が風に揺れ、その風は天化の背中も押したのだ。
* 結局、天化はすっかり姫発のペースに巻き込まれている。 けれど西岐じゅうを引っ張りまわされた天化は、 そんなことすっかり忘れて街と人を楽しんだ。 あーたは、すっごくこの街が似合う人さ。 皆と別れて二人で王宮に帰るとき、天化はこっそり呟いた。 それがいいことか悪いことか、俺っちにはなんとも言えないさ。 けどこの街は、確かにあーたが自慢するだけのことはあるさ。 そうだろう?と得意げに笑う耳聡い姫発に、あーたのことは褒めてないさあ、と天化は言い返すのだった。 |
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