ゆうやみに
すっと風が涼しくなったかと思えば急にあたりは照り柿の色、大きな太陽が見る見るうちに沈んでいく。 朝歌にいたときも夕陽は確かに赤かったけれどそれは地平線の彼方にちいさくて、まったく違う山の日没が崑崙ではじめて秋を迎える天化には面白い。沈む瞬間を見てやるさと決意してから数日経つ。なのに天化がじっと眺めているとちっとも動く気配のない太陽はでもふと気がつけば沈んでいて、辺りは赤と黒が混じったような夕闇に包まれているのだった。
「天化〜!帰るぞ〜!」
「いま行くさ〜!」
師父の呼び声がして天化は声を張り上げる。登っていた木からするすると降り、夕飯の食材を集めた籠を拾って駆けていく。今日はきのこを一掴み。林檎をひとつ。柿をふたつ。それから十日ほどまえ道徳に教えてもらった葉っぱを見かけて根元を掘ってみたら期待していたでこぼこの芋がごろごろと出てきたので案外嬉しかった。
(取りすぎたかな?)
走りながら籠の中を眺めてふと考える。ま、いいさ、食べ切れるっしょ、と思い直す。林檎はちょっと早かったかな?ん〜でも毎日柿ばっかりじゃあ飽きるさね。前は午後いっぱいかかっても天化ひとりぶんのお腹を満たすくらいの食べ物しか見つけられなかったことを思って、秋ってすごいさ〜と彼は呟く。
手を振る黒い影が見えた。コーチだ。
もう一息駆けよって天化は満面の笑みを見せる。
「天化、今日は何して遊んでた?」
洞府へ二人並んで歩きながら尋ねる師父に、辺りでいちばん葉が赤くなってる木を探したこと、栗鼠が走っていったのを見て追いかけたこと、そんなことを天化は話す。昼過ぎ二人は山へ入るのが今の紫陽洞の日課。日が暮れるまで道徳が瞑想をしている間、食材を集めるほかは天化の遊び時間だった。はじめのうちは遊ぶどころではなかったけれど、いまでは天化にもだいぶ余裕がある。そして道徳は広い青峯山のあちらへこちらへ毎日違うところへと彼を連れていくのだから、遊び飽きることは考えもつかなかった。
日の沈んだ山は次第に暗くなる。
夕闇に天化の目はまだ慣れないが、隣を歩くコーチの足音が揺るぎないから怖くはない。道徳には何もかもがすっかり見えているようで、どうしてさ?と思いながら辺りを見るため目を凝らす。
だいぶ歩いた。今日はだいぶ山深く入ったけれどそろそろ見慣れた森のかたちになってきて、洞府まではあと少し。冷たい秋風がさあっと吹いた。
風にざわっと山が鳴る。たくさんの葉擦れ。漆黒の山、そしてさらに黒濃い木々。奇怪にねじまがった枝が太い手を天化に突きつけてくる。 彼は果てしない闇の中ただひとりで取り残された錯覚にとらわれた。
目の前に白い大きな怪物が裾をひるがえす。
「わっ!」
思わず、天化は叫んだ。
「どうした、天化?」
さわさわと、風がただ静かにそよいでいる。道徳の声ひとつで、山は見知った世界に戻った。
天化はほっと息をつく。まだすこし胸の奥がこわばっているとわかったけれど。
「怖いものでも見たのか?」
なだめるように慰めるように重なる優しい言葉。だからこそなのかそうではなくてもか、 もちろん天化はこんな問いに頷いたりは断じてできない。
「怖くなんかないさ!」
声を張り上げて彼はもう一度目を凝らす。
落ち着いて見ればそれは何のことはない、ただの・・・ただの・・ん??
「はははっ!天化は強いなあっ!」
笑う道徳に天化は抗議の声をあげた。
「てゆーかコーチ、どういうことさ!」
よくよく見ればそれは立たせた白い敷布で、目鼻がついて両手を広げたかたちになっている。 そしてご丁寧にも中のくりぬかれたかぼちゃを持っていた。
また風が吹き、足のないお化けの裾がひるがえる。
正体が分かれば怖いはずはなかったが、天化はじとっとさめた目で道徳を見上げた。
「今日はお化けの出る日だからなっ!」
「はぁ?それで?」
あくまでも笑う道徳に、わけわかんね―さ、という気持ちをにじませて天化は問い返した。 微妙に機嫌が悪いのはうろたえたところを見せた照れ隠しもあると自覚してはいたけれど、 でもこの抗議は正当だと思う。
もっとも道徳の答えは、やっぱり訳がわかるようなものには聞こえなかったのだけど。
「天化に怖がってもらおうと思って張り切って作ったんだ!」
こっそり南瓜を採って来て。こっそり敷布を引っ張り出して。 ばれないように作って仕掛けるのは大変だったぞ!抗議の答えにはなっていないことを彼は力説する。
「怖くなんかないってゆったさ!」
そしてこれまた天化のほうも、どうしても気になるのは言葉尻のほうだったりして。 言い募る子どもに道徳はまた笑った。
「うん、そうだな」
そうして天化の頭をぽんぽんと叩くと、お化けの持っていたかぼちゃに火を灯した。
浮かび上がったのは人の顔、橙色の光と黒い影がちょっと怖くて、そして綺麗だ。
「うわあ」
こんなものははじめて見る。思わず歓声を上げた天化に道徳はそれを持たせてくれた。 道徳自身はその敷布を頭から被ってお化けだぞっ!、とおどけた。 こんな賑わしいお化けが怖いはずもなくって、天化は笑う。
怖くなんてないけど。絶対、怖くなんてないけど。
自分と一緒に揺れるランタンの赤い影に天化は思う。
怖いから楽しいってことはあるのかもしれない。
日は落ちて、あたりは闇。そこここに何やら出るのかもしれないけれど。
お化けとジャックは手を繋ぎ、笑いながら洞府へ帰る。
はろうぃん。万聖節前夜祭。大晦日。お盆。微妙に収穫祭?
嘘
だなんてことご報告するまでもありませんよね?
一年越しで仕上げてあります。要は去年間に合わなかったのです。
どこまでが前年に書いた部分かわかってしまうかもしれません(苦笑)。
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