一期一会



いつ迎えが来るか知れないと、思わなかったと言ったら嘘だ。
俺の末の息子には、たぶん、仙人骨がある。

   *

あれはある春の日のことだった。

光に満ちたうららかな休日、昼下がり。
今日はのんびり書でも読もうかと実は思いもしたのだが、稽古の相手を天祥にせがまれる。

「もう少しで天爵兄さまにも勝てると思うんだけどな」
無邪気にそう天祥は言う。
それがもう、大言壮語というにはあたらない。飛虎はそれを知っている。
後で稽古に付き合ってほしいと天爵にも頼まれているのは彼には内緒だ。

追うほうも熱心なら追われるほうも真剣だから、 そのとき自分と相対している子にできる限りをしてやりたい。
そうして結局どの日も彼は書など放って剣を振るのだ。
それがまた一番性に合っている己の無骨さに飛虎は笑う。
刃の響く間を縫って遠くで鳥のさえずりが聞こえた。

えい、やあ、と天祥は元気よく打ち掛かって来る。
「もっと深く踏み込んで来い」「最後まで相手を見てろ」
「うん!」時々言葉を挟んでやると、返事はどことなく満足げなのが面白い。
巧くなること、そして強くなることがそれだけで嬉しいことだと、飛び跳ねる体全体が語っている。
幼い子の上に落ちる日差しが眩しい。

伸び盛りの子は日に日に強くなっていく。
いや別に天祥に限らない、ほかの息子たちだって、軍で鍛えている兵士たちだって、伸びるときには毎日目を見張るほど変わってゆくけれど。
いま目の前にいる息子がいちばんいとしく眩しい、 そう思ってしまうのは末の子だからか自分に一番よく似ているからか。いやもっと単純に、いま向かい合っているのがその子だからか。親馬鹿な戯言の類を頭の片隅に浮かべながら、それでも飛虎は天祥の繰り出す剣に集中する。

狙いは悪くない。身軽ですばしっこい。さすがに一撃の重みはまだまだ足りないけれど、案外持久力はある。
たぶん同じ年頃で相手になる子はあまりいないだろう。
だがまだまだだ。まだ強くなる。

そうして飛虎は天祥を撥ね飛ばすつもりでこちらから打ち込んだ。
と、がしっと重い手応えがあり、天祥がぐっと踏ん張ってその剣を受け止めている。
次の瞬間、彼は自分でも意外そうな顔をして飛虎を見つめた。
止められるとは思わなかったのだろう。そりゃあそうだ、飛虎だって思わなかった。

意外に思い、けれど得意げな、うれしそうな目。
飛虎はにやっと笑いかけてやってでももう一度容赦なく、今度は体当たりで天祥を弾き飛ばした。
倒れて起き上がり、その坐り込んだままの体勢で飛虎を見上げる天祥の顔が今度は露骨に悔しげだ。

「がっはっは!やるじゃねーか、天祥。おめーは強くなるぜ!」

「うん!」

悔しそうな嬉しそうな、明るいやんちゃな声が返った。
当然の、いつもの反応に、自分が心底ほっとしたのを飛虎は感じた。
外に表れた己はどうやらいつもどおりでいるらしい。


     実は内心まったく穏やかでなかったのだ。その瞬間に気付いてしまったから。
コイツにはたぶん、仙人骨がある。

確実なことは飛虎には言えない。
けれどこういうことは、何故かわかる。
ましてこれは飛虎にとって初めての経験ではない。

いつかコイツにも迎えがくるのだろうかと彼は思った。
不意の迎えが。
いつかといわず、明日にでも。今日にでも。その可能性は皆無ではない。
ある日まったく突然に、仙人と呼ばれる存在はやって来る。

天然道士は地上で異質な存在だと、言われれば反論はない。
いやそれより何より天祥が、仙道としての強さを求めるのなら、頑張って来いと言ってやる。
それでも。
まだこんなにも幼いのに。手放したくないのに。
成長してゆくさまをこの目で見ていたいのに。


「えい!」
鋭い打ち込みが目の前をよぎり、反射的に躱した飛虎は我に返った。
天祥が一心に剣を繰り出している。

いけねぇ、と飛虎は気を引き締める。
稽古だからといって、真剣に向かってくる相手に気を抜いていい訳がない。
それはいつも己にも、他にも課していること。
剣を合わせるのはどんな時だってそれ一度きりの真剣勝負だ。
たとえ何度同じ相手と打ち交わそうと、いまこのときの立ち合いは二度とはない。

そうだ。
いつでもいまは二度とはないのだ。
そんなことはずっと知っていたことだった。
知っていただけでない、ずっと実践してきたことなのだ。

「ようし、来い、天祥!」
「うん!」
声を張り上げて、自分に喝を入れる。
目の前の剣に集中すれば、先に狼狽したのがおかしいほどだ。

いつ迎えが来るか知れない。
いやそうでなくたって、子は不意に大人になる。
いやそこまでの違いはなかろうと、一瞬ごとに目の前の子は強くなる。

天祥に限らない、天爵だって、天禄だって天化だって。
そしていずれにせよ誰にせよ、向き合うべきはいまなのだ。

もしかすると逆なのか。
いまこのときに向き合うからこそ次に強く変わるのだ。
二度とない「いま」だとの気構えで。

明日があるさ、と言うべきではない。
明日がないかもしれないことは、恐れるべきことじゃない。
それは覚悟すべきこと。そして覚悟する価値のあることだ。

二人は飽きず真剣に、稽古を続ける。
その上に、日一日と長くなる春の日差しが降っている。

   *

いつ迎えが来るか知れないと、思わなかったと言ったら嘘だ。
けれどだからこそ幾度季節が巡っても、いまを忘れなかったのだ。
難しく偉大で喜ばしい、人を育てるという事業
Don't Copy 禁無断転載


♪明日があるさ♪も好きですが、そしてそれも大切ですが、そうではないお話を。
海乃苔さまに、心から。いつもおいでくださって、ありがとうございます。
リクエストいただいたのは「飛虎と天祥の仙人骨親子、飛虎視点で」。
毎回謝ってばかりですがリクエストいただいたのは去年のクリスマス・・・
ほんとうにほんっとうにお待たせいたしました。ごめんなさい。
これに懲りずにまた切り番狙っていただけましたら幸いですm(_ _)m。

はじめは弱い飛虎を書きたくて、浮上するのに賈氏かあさまの手が
要るかなあと思っていたのですが、やはり親父殿は強いようです。
「一期一会」といえば井伊直弼。「たとえば幾たびおなじ主客と交会するも、
今日の会に再びかえらざることを思えば、実にわれ一世一度の会なり(茶湯一会集)」
この実践なんて無理だと零しつつ、だから決して好きな言葉ではなく。けれど離れられません。
ところで、天祥6つ、天爵12、天化16で天禄は20を想定。後ほど副産物を台所にupします。

背景はCloister Artsさまの「時の螺旋」です。

03.03.16 水波 拝

03.03.29 追記  .

海乃苔さまから素敵な親子を頂戴いたしましたv
真剣さの向こうの明るさに感謝、感激しています。
海乃苔さま、ありがとうございました!

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