めぐるよる



この日の闇は黒く美しく、時が経つほどに澄み渡っていく。
いつもと変わらないはずの真夜中に向けて。

寝ずの番の焚く篝火を遠く眼下に見おろしながら、太公望は小さく笑った。
ひととせが過ぎ行く夜を彼は何度迎えただろう。
それは今年も去年もおととしもそして来年も。いや、昨日とも明日とも。
なにひとつ変わらない夜。

人が何をせずとも陽はめぐり、月はめぐり、星もめぐり、それでひととせ。
天体はただ淡々と動く。
人がそれを祀るのを拒みもしないが喜びもしない。
それらはただただめぐるだけ。

風のように世界を漂い。人とは決して混じることのない己は。
いま人と自然のどちらに近いのだろう。

人であったはずの己なのに。
傍観者は確かにもう人ではないのだ。
あかあかと火を燃やす者たちの間には祭の熱気。
酒も入っているだろう。餅には手を付けていないだろう。
身を清め屋を清め、にぎやかにけれどじっと時を待つ。

そんなふうに時を送ることは、もう、できない。
彼はただただ眺めるだけ。

手を出したいと思う欲望を、こらえた時期があった。
争いが起こり、静まり、起こり、静まり、また川が溢れたり山が火を吹いたり海が暴れたり、
そして荒野にいつか緑が萌え人が満つるのをただじっと眺めた。
手を出してはいけない、と思っていた。仙道は人の世に必要のないものだから。

じっと眺める星霜を越え、わずかづつ想いは変化する。
手を出したいという欲は、風に消えた。手を出してはいけない、とも思わない。

きのうも今日も明日も、過ぐる年も来る年も、その日を確かに生きている人がいるから。

雨が降っても。風が吹いても。
大地が揺れても、争いのさなかでも。
その日、十数万の命が失われ、それに倍する誕生があり、その万倍の人が生きているのだ。
今日も、明日もあさっても。

遠くから眺めれば、それはなにひとつ変わりのない営み。
年が明けるからといって変わることはなく、月が満ち欠けたからといって変わることもない。
陽は変わらずに沈みそして昇り、長くなり短くなる。

何処かで、鐘の音が響いた。
篝火を囲む人々は耳を澄ませる。太公望もそれに倣う。

いつもと変わらないはずのこの夜に、鐘を鳴らすのは人。
節目を刻み、何もなかったはずのところから活気を生み出す。
今日のこの日を生きるため。明日を、あさってを生きるため。
天のめぐりに意味を与え、青空に、雨に風に何かを認め、
そうして人はそれぞれに、星の数ほどの日々を生きるのだ。

雨が降っても、風が吹いても。
大地が揺れても、争いのさなかでも。
死ぬ者があり、産まれる者がある。弔う者があり、育てる者がある。
人の生に手をかける者があり、そして、手を貸す者がある。

それが人の営み。
星の数ほどの人が、日々自らを生かしている。

傍らでずっと観ていた彼だから。手を出したいという欲は気付けば既に消えていたのだ。
手を出してはいけない、とも思わない。手を出したくない、それが彼の望み。

この夜の闇をひときわ美しくしたのは人。
昨日と変わらない夜だけど。

勿体無くて手など出せぬわ、傍観者はそう呟いて年を迎える人を眺める。
自らを生かすことに精一杯の人の営みを手放したことが寂しくないといえば嘘ではある。
けれど傍らで眺める彼にもこの日の夜は美しいから。

ひときわ大きく鐘が鳴り、彼は新しい年を寿いだ。


世界の人口が62億、出生率が21/1000、死亡率が9/1000 (総務省統計局
一昨日の地震に、戦争はいうに及ばず。
5歳未満児の死亡率は83/1000、うち半数に栄養失調が関係しています。
(UNICEF・統計で見るこどもの10年)
間違いなく最も恵まれている部類に入るだろうことに感謝しつつ年越し。
太公望と向き合ってもひるまずにいられる日々を送りたいところですが、さて。

ちなみに、これまた一年越しで仕上げてあります(苦笑)。
みなさま、良いお年をお迎えください。

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