ひとがた



「これは、何だ・・?」
首をかしげている子に、声を掛けようと思ったんだ。
でもそれより早く、斜め後ろに立っただけで殺気を感じさせるんだから、この子は、もう。
全く、誰がこんな風に育てたんだい。

「ナタク?」
それでも声を掛けると、今日の君はそこで気を緩めたんだ。
それだけの反応が無性に嬉しいこと、君は知らないだろうね。

「どうしたんだい、ナタク。君がこんなところに入ってくるなんて、珍しいじゃない。」
この子は私の研究には全く興味を示さないのだから。
と言ってもここはがらくた置き場。研究の失敗作や、資料として集めたもの、 それからもう私にもわからないモノたちが、雑然と押し込んである。
こんなところに何かこの子の興味を引くようなものなんてあったかな?

振り返ってこっちを向いたその子は、意外なものを手にしていた。
「これは、何だ・・?見たことがある」
それは素朴な、素朴なかたちの雛人形。
平らな体に、丸い頭をつけただけの。
ああ。
僕は少し、感傷的になった。

何百年も前、宝貝で人をつくることを考え出したはじめのころ、あっちこっちのくにで人形を集めていた時期がある。これはそんなころの残骸のひとつだ。
それにしてもこの子が気を留めたのが、どうしてよりによってこれなんだろう。
くるみわり人形とかダッコちゃんとかマトリョーシカとか市松人形とかアンティークのビスクドールとか、そういえばここには結構いろんな人形があるはずなんだけど。
なにもこんな切ない人形じゃなくてもいいのにさ。

「それは、流し雛だよ。そのひとがたに厄災を託して、川に流すのさ」

無病息災で一年間幸せに。罪も穢れも払われますように。
それは素朴て切実で、そして身勝手で傲慢なひとの願い。

禍を引き受ける、「そのために」生まれてきた人形は何を思うだろう。
人は自分が生きることに必死で、より幸せに生きることに必死で、 そんなところまでは想い至らない。 人という生き物は、「外から与えられた何かのために」存在することはないのだから。

いや、想い至っていたとしても。
造らずにはいられないか、きっと。
そして雛を流すとき、なんとも切なく想うんだ。

ねえ。君は生きてきて幸せかい?

戦うために僕が作った、僕の霊珠。
君の存在理由は戦うこと。

雛


「・・・おい」

うっかり自分の思考に沈み込んでいた僕は、この子の呼びかけに応えるのが遅れた。

「え?ああ、なに?」

こんなモノが、人の願いを引き受けられるのか?

僕はそのとき、この子がなんでそんなことを問うのか、わからなかったんだ。
答えはすらっと口から出てきたけどね。
「少なくとも、人はそう信じているよ」

「フン」
君のその鼻の鳴らしかたは、なんとなく満足そうで。
僕はちょっと、驚いた。

それからやっと、気づいたんだ。
この子の望みは、戦うことのほかにもあるのだと。
こんなに殺気に満ちているのにさ。 願いをかなえたいと思う誰かがいるんだね。


雛人形、見たことがあると君は言った。
殷氏が君の無病息災を祈ったかな?

それではここでも、桃の一枝くらい飾ろうか。



ひなまつり。もっと楽しい話は書けないのか、亭主よ。
物語のまとまりからは、途中で切った方がよいかと考えたのですが、
ひなまつりの話としてあんまり暗いのもどうかと思いこうなりました。
うちの乾元山コンビはこんなです。初書きでどきどき。
念のため言いますが、歳時記シリーズは時代考証全くせず。
中国では上巳(桃の節句)は祝えど、雛人形はないはずです。
桃は破邪の木。人の「雛型」を身代り(形代)に、 禊をする(邪を払う)のがひなまつり。
挿し絵はさへちょんさまの素材です。

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