眩しく白く照りつける。
時に動く風はついこの間までのものとは違う。高い空にいわし雲。
それなのに陽射しだけは容赦なく照りつけて、
ひとつの季節が去っていくのを拒み続けるようだった。
暑ぃ。
今日の分のパトロールを終わらせた俺様は思わず空を見上げた。
別に暑ぃのは嫌いじゃねぇ。
けどよ、なんか落ち着かなかったんだ。
青い青い空の向こうに太陽が白く小さく光ってた。
届くかな、なんてバカなことをつい考えちまって、バサッと俺は羽根を広げた。
いつもならパトロールの後はナタクと天祥の稽古をつけてやるんだけどよ。
今日はそんな気分じゃなかったんだ。
だけどよ、飛び上がったら気持ち良くなっちまって。
太陽のことなんかすっかり忘れてしばらく飛んでた。
顔にも胸にも翼にも風があたって。
羽根があるのも悪くねぇ。
雲中子のヤローには、んなことぜってー言わねぇけどな。
風の音を聞きながら、飛んで、飛んで。
照らされる背中がいいかげん暑くなった頃、洞府へ帰りついた。
めずらしく、雲中子が研究室から出てきていた。
「おや。」
コイツはなんでもねぇことをとんでもないことのように言う。
とんでもないこともなんでもねぇことのように言うから
釣り合いはとれてんだろうが。
俺様が次の言葉を待ってしまっているのを承知しながら。
コイツは十分に勿体つけた間を置いたあとで言いやがった。
「もう夏も終わりだねえ」
それがどうしたってんだよ、といつもみてぇに怒鳴りつけてやろうと思ったんだけど。
コイツのとぼけた表情にさっきまで忘れてた落ち着かない暑さを思い出しちまって、
怒鳴るタイミングを逃しちまった。
もう夏は終わっちまうのか。
頭ン中に言葉が浮かぶと、落ち着かねぇのがますますはっきりかたちをとっていきやがる。
いくつもの季節をコイツとふたり数え切れないほど過ごしてきたのに。
なんで今年ばっかりこんなに落ちつかねぇんだ?
確かにこの人工島での夏は初めてだ。
けど、崑崙山でも人間界でもいくつもの季節を過ごしてきたんだぜ?
夏なんてどこでも変わりゃしねえのに。
理由もわからず風の心地好さと陽射しの厳しさの不均衡に途惑う俺様を、
観察しているコイツの笑みが癪に障った。
ムカツクぜ、と俺様の顔には書いてあったのだろう。
雲中子の顔はますます愉快そうににやつく。
睨みつけても、コイツはただとぼけて笑うだけだ。
「テメェ、何が言いてぇんだ?!」
思わず怒鳴っちまったけど、こーゆーのも全部コイツの予測の範囲内だろうと思うとますます癪に障るぜ。
結局無視してさっさと洞府に入るのが一番と、コイツの横をすり抜ける直前、
俺様の師匠は笑いを収めた。
「雷震子。寂しいかい?」
「はぁ?何言ってんだテメェ」
反射的に俺様は言い返したけど。
足はうっかり止めてしまった。
小兄や旦兄のことを思い出さなかったと言ったら嘘だ。
ここは人間界からあまりにも遠い。
だけどそんなことをコイツの前で認める義理もねぇ。
なんだか胸が痛ぇのは、単に空が高すぎるからだけだ。
ついうっかり振り向いて、いまの表情を見られないようにと気をつけながら、
そのままもういちど歩き出そうとした瞬間。
コイツはこのうえなく楽しそうな声で繰り返した。
「雷震子。夏が終わるのは寂しいかい?」
なに?
「俺様をバカにしてんのかテメェ?!」
俺様は振り返って怒鳴りつけて雷を落とした。
俺様の攻撃を避けながら雲中子は心外だなあ、といかにも善人面してやがるけど。
兄貴たちを思い出させる言い方をしたのは確信犯に違いねぇ。
「乱暴だねぇ、誰に似たんだろうね。」
そんなことをうそぶきながらコイツは相変わらず笑ってやがる。
「夏は親元を離れた子も、魂魄さえも里帰りをする季節なんだよ」
そんなことまで言いながら。
だから何が言いたいんだテメェ。
俺様に「寂しい」って言わせれば満足なのか?
どんなに俺様が怒鳴っても攻撃しても文句を言っても。
コイツはただ笑っただけでいるのはいつものこと。
そのうち俺様がどうでもよくなって、気の済んだところで終わるのもいつものこと。
翼を収めた俺様は部屋に戻った。
窓を開けると眩しい陽射しと涼しい風が入り込んできやがる。
「寂しいと言ってもいいんだよ」
雲中子がそう言ってやがることぐらい実は知ってる。
だからどんなに夏の終わりが落ち着かなくても。
意地でも「寂しい」なんて言ってやらねぇ。
残暑お見舞いにも、もはや遅いのですが。
どうにか8月中に滑り込み。
対のお話がある予定、少しのちに。
初めての人物は緊張するけれど楽しさもひとしおです。
物語自体は「書き足りない」と「書き過ぎた」の間をいつも不安に揺れています。