白紙の関係
受けたものはすべて返したはずなのだ。
戦いが終わって幾日か経ち、オレたちは明日もう一度崑崙島2に乗り蓬莱島へと戻る。
仙道と人間は分けられなければいけないんだよ、と太乙は言い、
オレも戦いの前には二度と会えないからと母上にお別れを言いもした。
だからそれはごくごく自然な成り行きだと思った。
仙人界というものができ、オレたちはそこで暮らす。
それはごくごく自然なことで、別に何かの感慨があるわけではなかったのだが。
その夜もだいぶ更けてから楊ゼンが静かにオレのところへやって来た。
眠っていたのに目を覚まされたオレは不満だがそれでも一応聞いてやる。
「なんだ」
楊ゼンは声を潜めて、でもはっきりと俺に伝わるようにこう言った。
「李靖は仙人界へは行かないから。あした日が出るころに崑崙島2を離れるよ」
そんなことのためにオレは起こされたのか。
「なぜそれをオレに言う?」
だいたい忙しくしているオマエ自体何日も眠っていないだろうに。
そんなどうでもいいことは放っておけばいい。
「キミはそれを知っておくべきだと思ったから」
きっぱり結論だけを言って立ち去ろうとする。
だからなぜ。その疑問は残ったままだがこんなときオレではコイツからこれ以上の情報は引き出せない。
オレは何を言うこともなく、楊ゼンが立ち去るにまかせてそして寝た。
李靖とオレは何の関係もないはずなのだ。
それなのにオレは空が白み始めるころに目を覚ましていた。
なぜなんだ。
受けたものはすべて返したはずなのだ。
もはや俺の肉体は母上とアイツから生まれたものではない。
そしてこの蓮の化身となってから、
食べ物を与えられなければならないわけでもなく、夜露を凌ぐ場所を与えられたわけでもなく、
まして強くしてもらったわけでもないのだ。
なにひとつ恩というものはなく、 それどころがアイツのほうがオレに死ねと望み効きもしない攻撃をかけて来、迷惑なことこの上ない。
それなのに、なぜオレはいま目を覚まし、しかも起き上がって外へ出ようとしているのだろう。
そうはいってももう眠れない。
だからオレは崑崙山2から出、空に浮かんであたりを見まわした。
向こうの山の端が輝き始めている。
じきに日が昇るはず。
きのうと同じ太陽できのうと違う一日が始まるのだ。
目を凝らす。
いた。
そいつはオレに背を向けて、てくてくとただの人のように歩いている。
いくら中途半端な道士で空を飛べないにしても
常の人より早く楽に駆けることぐらいできるだろう、と思った瞬間、
人間界で生きていくということは仮にそれができてもそうはしないことだと気がついた。
眺めるうちにもすこしづつすこしづつそいつの影は遠ざかっていく。
ふいに大量の光が降って、あたりは白さに包まれた。
夜明けだ。
アイツは足を止め、太陽を見上げた。
それからすこしためらいながら振り返る。
オレはそいつから見えないように山蔭に姿を隠した、はずだ。
それなのに。
なぜアイツはオレを見つけるのだろう。
アイツは確かにオレを見た。
そしてきっとフン、と鼻を鳴らしてすぐにまた前を向き、もういちど歩き始めた。
たぶんもう二度と会わない。
別れもなにも言っていないのに。
そしてなにひとつ返していないのに。
いや言わなければいけなかったわけじゃない、返さなければいけなかったわけじゃない。
オレたちはこれでいいのだ。
受けたモノはすべて返した。
ほかのものはなにも返していない。
いいのだ。
あたらしい日が昇り、子が親から離れるということは。
きっと返しきれないなにかを引きずって、それでもまったくあたらしいことなのだ。
ホワイトデーです。いちおうちゃんとホワイトデーだと思います。
今年のバレンタインデーよりは、たぶん。
主題「お返し」というそれだけですが。なんて義理人情のお祭りなんでしょう。
ちゃんと李靖を書くのは密かな野望なのですが、ついナタクに頼ってしまいました。
関連情報。ホワイトデーは
キャンディ派
?
マシュマロ派
?(←音が鳴ります)
調べていたら11月11日の世界平和記念日とか出てきたりして(
ポピーデー
)。
思いのほか情報少なかったです。亭主はむかしホワイトチョコの日だと思ってました。
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