もう何もすることがない、とは思わねえけどさ。
やりたいことはみんなやったなあ、って思う。
それって、結構すげえことかもしんねえ。
そういえば昔よく怒られた。
今日できることを明日に延ばしてはいけません、ってさ。
あんちゃんは隙のない計画をそのとおりに実現してたし、
旦は目の前にすべきことがあればあるだけどうしても気になるらしかったしな。
俺はいつも遊びたいってことばっかし考えてたから。
まあ怒られるのも当然だな。
だからっておとなしく城内に留まる気なんてさらさらなかったんだけどさ。
ほんと、やりたいことばっかりやってきたよな。
街のみんなと遊びたくって。広い空の下で過ごしたくって。
そしてそうしてきた。
酒も飲んだし女のコ達とも話したし、仕事放り出させて泳ぎに行ったりもした。
アイツらが家を建てるって言えば一緒に木を切ってきたし、店屋の客引きなんてしょっちゅうだったし。
うわ、遊んだことしか覚えてねぇ。
やりたくてやらなかったことなんて、ねえよな。
親父は昔っから何も言わなかったしな。あんちゃんから何か言われた覚えもない。
旦の小言は時々聞いたな。
まあ、何か困ると旦に泣きついたしな。
隣のうちと境界のことで揉めたとか、どうにも冷夏で作物の出来がよくないとか。
市場にかっぱらいが増えて困ってるとか。
そうすると昔の例ではこうなってるとか一年限りで金を貸してくれるとか警備を重点化してくれるとか。
あーだこーだ言っては書類をひっくり返して愚痴と一緒に答えをくれた。
お隣さんの話をじっくり聞いてやるとか肥料を追加してみるとか捕まえた小僧の面倒見てくれるうちを探すとか、そういうことだったら俺で出来るんだけどなあ、そう言ったら苦笑いしてた。
「それは確かに私は小兄さまに及びませんね」
「けれど小兄さまにはどちらも出来るようになって頂きたいものですが」ってさ。
薮蛇をつつかないようにその時は逃げたけど、そういえば俺も何時の間にやらそんな解決法も覚えたなあ。
みんなが笑ってるのが好きだったから。もちろん俺も笑っていたかったから。
どんなことにも何かしら解決法はあるもんだよな。
完璧は無理でもいまよりましな道ってのはきっとあるしな。
そもそもなんていうかさ、いけそうな手があるってだけで結構、何とかやっていけるもんなんだよな。
何も出来ねぇとか思うと、人って絶対笑えなくって。
人が笑ってんの見るのが好きだったから。
笑っていられるためのことってのはやりたいことだった。
やりたいことはみんなやったよなあ。
それでこんなに遠くまで来ちまった。
広い広い空の下。西岐の城より、豊邑の街より、もっともっと広い世界。
支配者だからって好き放題されるのは、そのせいで先が見えなくて笑えねえのは、嫌だから。
やりたいことをやらせてもらった。
明日じゃなくて。昨日じゃなくて。
今日やりたいことをずっとやってきた。
こんなにやりたいことばっかりやらせてもらった奴って、ちょっといねぇかも。
あ、でも。この先みんながやりたいことができるといいなって。
そう思ってやってきたんだし。
もう何もすることがない、とは思わねえけどさ。
明日からまたみんなそれぞれ、いま自分のやりたいことをやっていくなら、きっとそれで上手くいくだろ?
邑姜もいるし、旦もいるし、そして何十万もの人がいる。
やりたいことはみんなやったなあ、って思う。
それって、結構すげえことじゃん。
自分ではそう思ってるんだけど、どうだろう。
親父やあんちゃんは何も言ってくれねえからさ。
旦が苦笑いしてるのが、見えた気がした。
「バカな人!」って呟きが、聞こえた気がした。
まあ、いっか。
いまこの瞬間に俺が思い浮かべるみんなが笑っているなら。
それだけで俺も笑えるから、たぶんそれでいいんだ。
*
やりたいことは、みんなやった。
うっすらと目を開けると、邑姜が誦を抱いている。旦が立っている。それから南宮カツがいて。
その後ろにどれだけの人がいるだろう。
みんな神妙な顔してっけどさ。
みんなの笑った顔を思い浮かべながら、目を閉じた。