沈黙



コイツのベッドで俺達は、何度となくカードをした。

それは単に暇潰しだ。それ以上の意味もないしそれ以下でもねぇ。
ちょっと変わったことといえばコイツが癪に障るくらい強ぇのと、 コイツはまだベッドを離れられねえっつーそれだけ。 つまり俺が持ちかけなきゃゲームは始まるはずもねえし、 俺にはゲームをしない理由だって十分にあったケド(何しろコイツの強さは尋常じゃねぇんだ)。 だけどコーヒーを飲み煙草を吸い、そして俺達は毎晩カードをした。

ほかにやることなんてねぇし。(コイツ男だしな。つかその前に病人だったか)
折角拾ってきたモンを放っておくのもねぇ?
独りの夜なんざぱっとしねぇし、コイツを拾ってからこっち、女を口説くのも面倒くせぇ。
んで、俺達は毎晩カードをする。晴れた夜も。雨の夜も。
そういえば俺はまだコイツの名前すら知らない。

カードをしながら俺達は他愛もねぇ話をする。
「雨ですねぇ」
「雨だな」
「フルハウスだ」
「あ、フォーカードです」
「悟浄さん、明日ゴミの日じゃなかったですか?」
「げ、忘れてた」
あのなぁ何でベッドから離れられねぇ病人が俺んちの家事全般把握してたりするワケ?
ま、いいケドさ。
俺達はそんな軽口だけを利いている。

そーいえば一度聞かれたか。
「―――聞かないんですね、僕のこと」
「別にキョーミねぇもん」
これ以外の答えはない。コイツだって俺のことを聞きはしない。

ま、カードっつーのは感情を顔に出さねぇのが基本だろ?
んなコト言うとコイツが少し笑って「悟浄さん、それ、実行できてます?」なんて突っ込んでくるような気もするけどな。(ンなこと俺に言うのあんただけだぜ?)
俺達は他愛のねぇ話しかしない。
カードっつーのは便利なモンだ。

切って配って捨てては取る。カードと言葉がやり取りされる。
夜が更けて、あるいは空が白んで、俺達が(てゆーか俺が)ゲームに飽きるまで。
そりゃモチロン、馬鹿馬鹿しい話が進んでカードなんて放ってる時もある。
話すネタが無くなると俺は黙ってカードを切りはじめる。
どっちも気が乗らなきゃ席を立ち、後はそれぞれ寝るだけだ。
いつでも止められて、いつでも始められる。便利なモンだ。

何となくコイツの部屋を離れ難く、でも話すことなんて何もねぇ時。
カードを切ってさえいればいい。
コイツに何かを聞くのはゴメンだ。そしたら―――するコトなんてコレくらいだろ?
そんな風に俺達は毎晩ゲームをした。



午前3時。
いい加減話のネタも尽きてきて。ゲームにも飽きて。
やーめた、と、そう言おうかどうか俺は一瞬迷う、そのとき。

沈黙が部屋を通り過ぎる。

あァ。

肩を竦めそれこそ他愛もねぇことを言おうとしたのは俺に染みついた習性なんだろう。
ケド、コイツの笑みかけたような口元が先刻までと少しも変わらなかったせいで俺はそのタイミングを逃した。

そして俺はコイツが俺の髪を見ているのに気付く。

驚いたのは、俺がそれにムカツかないこと。
ナンで?
我ながら、さっぱりワカんねぇ。
(ホントに?)
髪の話をされんのは嫌いだ。じろじろ見られんのだって勿論。
コイツの素振りをじろじろと表現するわけじゃねぇけど、
まぁそれでも見られてるって気付いたとたんに機嫌が悪くなるのがいつもの俺。

なハズなんだけどな。

俺はカードをベットの上に放る。
コーヒーを2杯。
いー加減煮詰まってやがるけど、まあいい。
片方をコイツに渡して、黙って啜る。

コーヒーを啜る音。
湯気が立ってる。
コイツの動きに合わせて、掛布がわずかに動く。
息遣いが聞こえる。

なァんだ。

こーしてりゃイイのか。

口を利いてなくても、カードを切ってなくても。
それでも悪くねぇなんて、知らなかった。

コイツの視線は俺に向けられていながら、コイツがいま見ているのは俺じゃねぇんだろう。
俺がいまコイツの存在を見て、聞いているように。
俺達は黙ってる。
いま俺が考えているのは、コイツのことじゃねぇ。
だけど俺は、コイツが横にいることを知っている。

ちらりとまた俺の髪に目を遣ったコイツの視線は、俺の視線とかち合った。
俺がコイツを見ていたんだからまあ、そりゃそーなるだろ。
コイツは綺麗な緑の目を細める。

それが笑っているのか、泣いているのか、俺は知らねぇ。別にキョーミねぇし。
間が悪ぃ、とくらいは思ったかも知れねぇが、別に俺の視線など気にしちゃいねぇかも知れねぇ。
何にせよわざわざコイツの表情を読み解く必要はねぇんだ。
コイツは何も言わなかった。俺も何も言わねぇし。
俺達は黙ってる。そしてココにいる。

新しい煙草に火を点け直し、俺はゆっくり息を吐いた。
白い煙が上っていく。
黙って俺はそれを見上げる。
コイツを見ていなくても、コイツと言葉を交わしてなくても。コイツはココにいる。
コイツはたぶんまだ俺に視点を合わせているのだろう。

沈黙が部屋に漂う。
それに耐え切れねぇと知っているから他愛もねぇことを言うのがいつもの俺。
なハズなんだけどな。
俺が野郎とふたり黙って何もしてねぇなんて。
(女とだったらなおさら信じられねぇケドな。だってヤることあるし?)

沈黙は、思いのほか重くねぇ。(ナンで?)
口を利いてなくても、カードを切ってなくても。
それでも悪くねぇなんて、知らなかった。(ホントに?)

そ、だな。ンなこと、拾ったときから知ってた。

コイツが見ているのは俺の髪よりもっと、遠い。
何を見てるかは知らねぇが、コイツが見てんのは俺じゃねぇ。

けど、コイツの視線は俺がココにいることを探すから。

だから拾ったんだ。多分、な。

視線を空に漂わせたって、何が見れるってワケでもねぇんだ。
遠くを見るには、よすがが要る。
だからコイツが見たいなら、見てればイイ。
雨の中、地の高さから投げかけられた視線は、俺に届き、俺を通り過ぎ、だから俺を動かした。


沈黙は、思いのほか重くねぇ。
口を利かなくても、カードを切らなくても。
ふたりしていて、コイツが俺を見遣っていて、ただこうしていることが悪くねぇなら。

俺が引いたカードは、外れてねぇんだ。

久しぶりに書きました、最遊記。楽しませていただきました〜v
悟浄さんは初めて書いてみて、痛々しいような、頼もしいような。
八戒さんは、ってまだ八戒さんですらなくて(^_^;)、未知数です。
やっぱり天蓬さんを書くのとは違いますね(<当たり前だ)。
「出会ったすぐあとのふたり」ですが、ちょっと早すぎたかなあ?
ご笑納いただければ幸いです。リクエストありがとうございました。
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