いつも通りのアイツの反応を見て、今日こそは何か変えようと決めた。
はじまり
「…なんですか、コレ」
「見てわかんない?チョコレート」
「…そうですか。どうも」
…………
…ちょっと待て。
バレンタインよ?
恋人たちの一大行事よ?
相変わらずの若の態度にあたしは怒りさえ覚えた。
「…それだけ?」
「他に何かあるんですか」
若は冷ややかな目であたしを見下ろしている。
「別に…もういい」
「…じゃぁ、俺、教室戻りますから」
若はそういうと、さっさと教室に戻ってしまった。
もう付き合って随分経つというのに、あたしたちの仲はまったくと言っていいほど進展していない。
キスなんてもっての外、手を繋いだ事だってない。
若は一度だって、あたしに触れようとしたことはない。
時々本当に、自分に魅力がないのではと心配になる。
若は、あたしのどこが好きなんだろう。
「長太郎、どう思う?あんた若と仲いいでしょ? 若、何か言ってない?」
「えぇ?…うーん、あんま、そういう話をしないです。日吉が話したがらないし…」
「…そっか」
長太郎は心配そうにあたしの顔を覗き込んで、目が合うとにっこりと微笑んだ。
「大丈夫ですよ、先輩。日吉は好きでもない人と付き合ったりしません」
「………」
「日吉は、ちゃんと先輩のこと好きですよ」
「長太郎…」
「頑張ってください!俺、応援してますから!!」
長太郎は、本当にいい子だと思う。
何であたし、この子と付き合わなかったのかなあ。
…って、そんなの決まってるよね。
あたしは、若が良かったんだもん。
「若っ!!」
放課後に部活へ行こうとする若を、あたしは呼び止めた。
「…先輩?」
どうしたんですか、と若はあたしに向き直った。
走ってきたもんだから息が上がっている。
一息ついて、あたしは顔を上げた。
「あの、さ。今日一緒に帰らない?」
「………………いいですよ」
「…その間は何よ」
「いえ別に。練習終わったらそのまま待っててください」
「…分かった」
「じゃあ、また部活で」
そういうと、若は荷物を持って行ってしまった。
……ていうか、さっきのは、あたしと帰りたくないってこと?
長太郎はああやって言ってくれてたけど、ひょっとして若…
ホントにあたしのこと、好きじゃなくなっちゃったのかな。
「先輩、帰りますよ」
若に呼ばれて、あたしはハッとした。
「あ、あれ?みんなは?」
「もうとっくの昔に帰りましたよ…今日はどうしたんですか?雑巾をタオルと一緒に洗ったり、ドリンクにも油入ってましたし」
「え?…そんなことしてた?」
若は軽くため息をついてあたしの鞄を差し出した。
「…帰りましょう」
あたしの口数が少なかったせいもあって、帰り道はとても重苦しい雰囲気だった。
若はそんなあたしの状態を見かねて、口を開いた。
「…何かあったんですか」
「…別に」
「話してくれなきゃ、俺にはわかりません」
「……」
「先輩」
「…若は、さ、あたしのこと 好き?」
「………は?」
若は顔をしかめてあたしを見た。
「さっき、一緒に帰ろうって言ったとき、何か、嫌そうだったじゃん。あたしの事、好きじゃないなら…」
「あの、ちょっと待ってください。……嫌そうだったって、なんですか」
「そうでしょ。変な間があったじゃん」
若は少し考えて、「あ」と呟き、物凄く呆れた目で私を見てきた。
「え、な、なに?」
「ほんっと、馬鹿ですよね」
「はい!?」
思いがけない日吉の言葉に愕然とする。
何でココで馬鹿呼ばわりされなきゃいけないんだろう。
目を見開いて口をパクパクさせていたら、「あれは、そういうんじゃなくて」と再び口を動かす。
「息を切らしてたから何事かと思ったら……。部活同じなのに、そこまでして言うことなのかと思っただけです」
「…………!」
あたしはその時の自分の姿を想像して、途端に恥ずかしくなった。
確かに間抜けに見えるような気がする。
「だ、だって…早く言わないと、誰か他の人と帰っちゃうと思ったから…!!」
「な…」
「ご…ごめん、ね」
あたしが頭を垂れると、日吉はハァ、と浅い溜息をついた。
「……先約があっても、先輩を、優先しますよ」
「!!!」
若からそんな言葉が聴けたのが嬉しいやら恥ずかしいやらで、あたしはそのまま顔を上げることが出来なかった。
「わ、若。もう、家すぐそこだから…ありがと」
「…分かりました」
次の瞬間、若のサラサラした前髪が触れた。
それと同時に、唇に柔らかな感触がして、体中に電流が走ったような感じがした。
「チョコレート、美味しかったです。ありがとうございました」
そのまま表情を変えることなく、日吉は歩いて行ってしまった。
若の姿が見えなくなると同時に、あたしはへなへなと地面に座り込んだ。
確かに唇には微かにチョコレートの味が残っていた。
甘いものが嫌いな若のためにめちゃくちゃ苦くしたチョコレートを、若が顔をしかめながら食べてる姿が目に浮かんだ。
いま、この瞬間、あたしたちの間でようやく何かが始まった予感がした。