もともと、お気に入りの生徒だった。
それは認める。
でもそれは、単なる「お気に入り」だ。
からかうと面白い、それくらいの印象のはずだった。
気付かないフリをした
俺が授業に遅れていると、お前が迎えに来るようになったのは、いつからだったか。
優等生に見えるお前の顔が百面相のように変わっていくのが楽しくて。
俺のからかいに騙されては学習して、同じネタは二回と通用しなかった。
そんなお前を次はどうからかってやろうかと、気付いたらそんな事を考えるようになっていた。
「ケムリって、味するんですか」
素朴な疑問です、とばかりには俺に訪ねた。
「んー?試してみるか?」
「だからっあたしは吸わないんだってば」
ここまでの応対は予想通り。
次の俺の台詞が、今日の新たな試みだった。
「じゃあ、口移しで味わわせてやろうか」
ニヤリと笑っての方に詰め寄ると、は表情を強張らせた。
一歩、また一歩と近付くたびに、それと比例しての顔が蒼くなっていくのが分かる。
「や…っ」
ギュッと目をつぶって自分の両手を盾代わりに構える。
そんな姿を見て、俺はいつものように噴き出した。
「ぶ、はは!・・・・・・ジョーダンに決まってるでしょうが」
の反応が面白すぎて―――
「コドモにまで手出したりしませんよ」
―――俺はその後のの表情の変化に気付かなかった。
「女子高生が、恋愛対象になる事って、ないの?」
ある日屋上でがそんな事を言った。
逆光でよく見えないが、いつもと違った表情をしている・・・様な気がした。
けれども特には気にも留めず、軽く笑って見せた。
「みたいにイイ女だったら、あるかもなァ?」
半分は、本心だった。
数年後にコイツはどんな風に化けるだろうかと、考えるのは楽しみでもあった。
「茶化さないでよ、先生」
のこの反応を見て、俺は少し違和感を覚えた。
ここで、顔を真っ赤にしてくるもんだとばかり思っていた。
珍しく、応用した学習をしているのかもしれない。
「大真面目ですけど?」
これはこれで面白い。
いつまでその冷静な顔を崩さずにでいられるだろうか、試してやろうと俺は思った。
だから――
「じゃあ」
のこの言葉を聞いた時、俺は正直驚いた。
「あたしにキスしてみてよ」
珍しい事が重なったもんだ。
日ごろの恨みってやつだろうか。
コイツは俺をからかおうとしてる、そう思った。
教師をからかう悪い生徒には、お仕置きだよなァ?
そう思ったから、口付けてきたに、更に深い口付けを返してやった。
が苦しそうに身をよじる。
すぐに楽になんかしてやらない。
それじゃあ、お仕置きになんねーだろ?
の膝がかくんっと折れるのに従い、俺はゆっくりと唇を離した。
息苦しさのためか、は少し涙目になっている。
顔を真っ赤にして、少し息を荒くして、恥ずかしそうに俺から目を逸らした。
その時、心臓に何か衝撃が走った。
それが何なのか、俺には分からなかった。
いや、分からないフリをしたのかもしれない。
俺が高校生の小娘如きに翻弄されるわけがない、と。
この時はただ、からかうのを楽しんでいた。
そして、自分が更に楽しむための伏線を俺は残していくことにした。
「どうしてもっていうならなァ、次は保健室でな」
見る見るうちに顔を真っ赤にしていく。
軽く笑いながら、俺は屋上を後にした。
次はきっと保健室で、が俺に戦いを挑んでくる。
そんな事を想像して、また少し楽しくなった。