「ジローちゃんっ」
「……あー…、だー…」
芝生に寝転がったまま眠そうにこちらを見上がる幼馴染を見て、私はにっこりと微笑んだ。
眠森の王子
「また授業サボって…。もう4時限目だよ?」
「そういうだってサボってるじゃん」
「えへへ、ばれた?」
あたしはジローちゃんの隣に座り込んだ。
「ってさー、俺の幼馴染だよねー?」
突然ジローちゃんがそんなことを言い出したので、少し戸惑う。
「…う、うん」
「じゃあ、俺の事は何でも知ってるよね」
「まぁ大抵は」
「じゃあクイズね。俺は何で寝るのか知ってるー?」
「えっ…眠いから」
「ははは。当たりー。じゃあどういう時起きると思う?」
ニコニコと笑って新たな質問を投げかけられる。
「うーーん…寒くなった時とか」
「ぶー」
「えー…、わかんないよ!」
「タイムアップー。答えは好きな人が来た時でーす」
「ええ?じゃあ誰が来ても起きるんじゃん」
「え?なんで?」
「うーん。だって、みんな好きそう」
「そんなことないよー」
あたしはクスクスと笑った。
「はいはい。さてと、ジローちゃんの顔も見たし、そろそろ教室帰ろうかなっ」
立ち上がろうとしたその時、腕をぐいっと引っ張られ バランスを崩してしまった。
「わ…っ!」
後ろに引き戻され、芝生に寝転んだ状態でジローちゃんに抱きしめられてしまう。
「も一緒に寝よ?」
「やだぁー!あたし授業はサボっても弁当はサボらない主義なの!」
あたしがじたばたしても、ジローちゃんは放してくれない。
「まだ弁当まで時間あるから寝よ。」
「誰かに見られたら誤解されるじゃん!」
「…俺と一緒にいるの嫌?」
「い、いや、そんなことないけど…っ」
「それに、ここはどの教室からも見えないから。大丈夫」
「…あ、だからお気に入りの場所なの?」
「…………」
「…ジローちゃん?」
返事はない。
その代わりに規則正しい息遣いが聞こえてきた。
(………寝てる!!!)
ジローちゃんはあたしを抱きしめたまま眠りに落ちた。
それでも腕は硬くて解けなかった。
「ジローちゃ〜ん!起きて〜っ!」
あたしが何度呼びかけても、ジローちゃんは一向に起きる気配を見せなかった。
「むぅ……」
目を覚ますと、俺の腕の中にはがいた。
は、眠っていた。
俺は目の前にあるの髪をくるくると指で弄ぶ。
サラサラの綺麗な髪
色白の肌に映える桜色の頬
大きな目に長い睫
ピンク色の唇
その全てが愛しくて。
『ジローちゃんって、カワイイ』
の言葉が脳裏を横切る。
「俺なんかより、の方がずっとカワイイんだよ。」
俺はにそっと顔を近づけると 頭に軽く唇を付けた。
「……おやすみ」
あたしはジローちゃんが寝息を立てたことを確認すると、ぱち、っと目を開いた。
きっと、顔全体が赤く染まっているだろう。
(キス…された…?)
心臓の鼓動がすごく早い。
(ジローちゃん……)
寝ぼけていたのか、大した行為じゃないと思っているとか、
表情が見えないから良く分からないけれど。
とりあえず、あたしは、この可愛らしい幼馴染が、
「…だいすき、だよ」
絶対に聞こえないような小さな声で、あたしはそっと呟いた。
キーンコーンカーンコーン
チャイムの音で、あたしは目を覚ました。
お弁当の時間だ。
「ジローちゃん起きて。お昼だよ」
「ん…んー?」
「弁当!ほらぁ、起きろ!」
「んー…」
ジローちゃんは頭をわしゃわしゃと掻きながらムクリと起き上がった。
ジローちゃんの手が解け、あたしも一緒に飛び起きる。
「さ、行くぞぉ!」
ジローちゃんの手を掴んで歩きだそうとするも、当の本人は全く動かない。
不思議に思って座ったままのジローちゃんの前に屈みこむ。
「どうしたの?…わっ」
突然 体が前に引っ張られ、あたしはまた抱きしめられた。
今度は後ろからじゃなく、向かい合わせに。
「…ジローちゃん?」
「は、俺と弁当、どっちが大事?」
あたしは驚いて目を見開いた。
ここまで変な質問は、されたことなかったぞ!
「どうしたの、いきなり…」
「いいから。 どっちが大事?」
あたしはクスクスと笑った。
「そんなの、言うまでもないでしょ」
「…弁当?」
泣きそうな声でジローちゃんが言うので、あたしは思わず笑い出してしまった。
「まさか。ジローちゃんに決まってるじゃない」
「…ほんと?」
「ほんとだよ」
あたしは顔を上げてジローちゃんを見つめた。
ジローちゃんは、まだ言いたいことがあるみたいだった。
「まだ何かある?」
ジローちゃんはこくんと頷いた。
「さっきのクイズの続き。…俺の好きな人は、誰か分かってる?」
「好きなひと?」
…って言っても、さっき言ったように誰でも好きそうだしなぁ…。
嫌いな人とか一人もいなさそうだし。
「跡部くん?」
あたしがそう言うと、ジローちゃんは変な顔をした。
「あ、じゃあ忍足くん?」
ジローちゃんは益々変な顔になった。
「分かった!チョタくん?あ、宍戸でしょ!」
「何で男の名前ばっかなのさ」
「…ああ!ガックンだ!!」
「向日は男じゃん」
「えーだって、女の子みたいな顔してるじゃん」
あたしがぷうと頬を膨らませると、ジローちゃんは少しだけ真面目な顔つきになってあたしを見つめてきた。
「、トボケないでよ。答え、分かるでしょ?」
「わかんないよ!!!」
「ニブチン」
「ジローちゃんに言われたくないですー!」
ジローちゃんはため息をついた。(ちょっとムカつく)
「…」
「…なに?」
「」
「なに、もぉ」
「…答えが、」
「………え?」
何を言われたのか一瞬分からなかった。
そもそも、何話してたっけ。
えーっと、あ、そうだ、クイズだ。
ジローちゃんの、好きな人は誰か、って…
…すきなひと?
ジローちゃんの言葉の意味を理解した途端、全身の血が逆流しそうだった。
「ジローちゃん…、ほんとに?」
「俺、ウソなんか言わないよ」
堪らず、あたしはジローちゃんに抱きついた。
ジローちゃんはそんな私をぎゅっと抱きしめ返して、嬉しそうに笑った。
「さっきね、俺、がお姫様に見えたよ」
「お姫様?」
「眠れる森のお姫様。それくらい 可愛かった。」
あたしは少し赤面して 笑った。
「ジローちゃんは、起こしに来たけどそのまま寝ちゃった王子様、って感じだね。」
「そうかな」
「うん」
「じゃあ、を起こしてあげられる王子様になる」
あたしは首を横に振った。
「そのままでいい。ジローちゃんには、あたしと一緒に寝ててほしい。」
そう、あたしを起こしてくれる王子様なんていなくていい。
ずっとあたしと、一緒にいてくれる王子様がいれば、それだけで。