この学校はエスカレート式なんだから、と思ってもやっぱり成績が悪ければ、追試というものもあるわけで。
今、あたしは部室の机でコソコソと勉強やっているわけであります。欲求の階層説
「えっと…最初が生理的欲求?…あれ?なんで?」
悶々と考えていると、部室のドアがガチャリと開いた。
…ぎゃ。跡部だ。
跡部はあたしの姿を確認すると少し顔をしかめて見せた。
「コートにいねぇと思ったら…何してんだお前」
「あとべー。丁度イイとこに」
「アーン?イイとこにじゃねーだろ。仕事しろ仕事」
あたしは跡部の言葉を無視して、プリントを差し出して見せた。
「この欲求の階層説っての分かんない」
跡部はプリントを取り上げ、はァ、とため息をついた。
「バーカ。もっと勉強しろ」
跡部はタオルで顔を拭いて、机に軽く腰掛けた。
「何が分かんねぇんだよ」
「えーと…全部。そもそも欲求の階層説って何?」
「お前授業ちゃんと聞いてんのか?」
「跡部だって聞いてないじゃん」
「俺様は聞かなくても分かるからいいんだよ」
「うわームカつく」
あたしが睨んで見せると、跡部は少しだけ喉を鳴らしてと笑った。
「まぁいい、特別に教えてやるよ。…いいか、お前に夢があるとして、その夢の実現に向けて、お前は今何をすべきだ?」
「えーっと…今出来ることをする?」
「…あァ、そうだ。人間は初めは低い欲求を満たそうとする。それが出来ると、徐々に高度な欲求を満たしたいと思うようになる。これが五段階に分かれてるって考えが欲求の階層説。分かったか?」
「う、うん…?出来ることからしてくって事だよね。…でその五つの順番は?」
選択肢は、生理的欲求、自我の欲求、安全の欲求、親和の欲求、自己実現、の五つ。
これをピラミッド形式に並べていくわけなんだけど。
…なんか難しくてよくわかんない。
「お前…本気で全部わかんねぇのかよ?」
「え、と。一番上は自己実現だよね。それは分かる」
「…で?」
「…あとは分かんない。…てへっ」
「てへっじゃねーよ!!てめぇナメてんだろ」
跡部はプリントを丸めてあたしの頭をバコッと叩いた。
「ぎゃっ、痛い!!」
「うるせぇ。…いいか、わかんねー時は自分に投影して考えンだよ」
「ふーん?」
「お前、初めてテニス部のマネージャーになった時どうだった?」
「え?」
氷帝テニス部はとにかく部員が多くて…
その癖マネージャーはそんなにいる訳じゃなかったから…
「とにかく忙しくて死にそうだったけど、必死にやってたかな」
「それが生理的欲求。とにかく生きようとすることだ。んで、やっていくうちに余裕が出てきただろーが?」
「ああ、うんうん。こうした方が楽だなーってのが分かるようになったから」
「それが安全の欲求。…ちょっとズレてるがな。まぁ楽に過ごしたいって風に思うことだと考えな」
ふむふむ、と相槌を打ちながら、あたしは跡部の言った事をプリントに書き込んでいった。
「残りは親和の欲求と自我の欲求…。…難しいなあ、どっちが先?」
そう訊ねると、跡部があたしの顎をクイ、とあげた。
「そうだな……余裕が出てきた所で、お前は愛を求めるようになるわけだ」
「…………はあ?」
あたしは顔をしかめて跡部を見つめた。
「忙しくて見えなかったものが見えてくる。お前は一人の男に夢中になる」
…跡部の顔が、すごく近い。
息が掛かるくらいの距離。
ドキドキして、跡部の言葉なんて耳に入ってこなかった。
「愛されたいと思う。ただ只管にそれを求める」
跡部の眼は、真っ直ぐで、すごく綺麗で。
気を抜くと、吸い込まれてしまいそうだった。
「…あと、べ」
「………以上。これが親和の欲求」
「………………は?」
あたしが呆気に取られていると、跡部はあたしの頬をパチンと叩いた。
「オラ、ボーっとすんな。そろそろ行くぞ」
跡部はそう言ってプリントを机の上に放った。
「ま、まだ一個残ってる!!」
「ア?消去法で考えりゃ入るとこは決まんだろーが」
…そう、普通に考えれば、それは当たり前。
でも、引き止めずにはいられなかった。
あたしは立ち上がって出て行こうとする跡部の服の裾を掴んだ。
跡部は驚く様子も無くあたしを一瞥した。
「…行かないで」
あたしがそう呟くと、跡部はニヤリと笑った。
そして、あたしに手を伸ばして頬にあった髪を掻き揚げる。
「…愛されたいと心の中で思うだけじゃ、相手には伝わらねぇ。 だから、人間は自分をアピールする。自分を意識して欲しくてな」
そこまで言って、跡部はあたしを引き寄せ、その次の瞬間、唇を重ねた。
初めは唇が合わさっただけだったものが、徐々に深くなって。
「ふぅン…ッ」
あたしの息が切れ始めた所で、跡部は唇を離した。
「それが、自我の欲求…分かったな?」
跡部は、不敵な笑いを浮かべてあたしを見た。
「………え?…えっと…」
「わかんねーのか?」
「わ、分かった」
「遅ぇ」
そう言って、跡部は再びあたしの唇を奪った。
…ねぇ跡部。あんた家庭教師には向かないね。
だって、一つの事覚えさせる度に、長い長いキスをする。
でも、この欲求の階層説は、一生忘れないと思うよ。
キスと一緒に、するりと流れ込んできたから。お題元【射程距離様】
文が拙すぎるのでゴミ箱行き〜
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