なんや知らんけど、先輩は俺に構うんが好きやった。
いつからなんて覚えてへん。
ただ気が付くといつも寄ってきて、俺の髪を乱したり、袖を引っ張ったり、頬を抓ったり。
別にそれに対して本気で怒ったことはない。いつもひとこと言うだけ。


「せんぱい、うざいすわ」
「はいはーい」


うざいて言うとるのにこの先輩は決まって嬉しそうに笑った。
なんや、ただのドMか。きもいわ。
それを口に出しても、先輩は「うるさいよ」とか言いながら笑うだけやった。



まあ別に、先輩が俺に対して何しようが、関係あらへん。
特別俺に被害が及ぶわけでもなし、練習の息抜きにはちょうどええわ。

そんな風に思っとったけど。





「うりゃ!」
「!」



それは部室で着替えをしとった時やった。
学ランを脱いでシャツのボタンをプチプチ外していったら突然視界が真っ白に覆われた。
そのまま後ろに軽く引かれ、聞きなれたすこし高い声が耳に入ってくる。


「だーれだ?」


目隠ししたタオルをくいくい引っ張りながらくすくすという笑う声。アンタ、どっから湧いた。
ちゅーか、図書委員の仕事で部活に遅れて、はよ合流せなあかんっちゅう時になんやねんあほか。
仮にもマネージャーが選手を遅らす原因作ってどないすんねん。
まあ言い訳はいくらでも立つから言うほど急いでへんけど。


「…分からんなあ、誰ですやろ」
「もう!」


遊びに付き合うたろう思てボケて見せたんに、後頭部を小突かれた。理不尽にも程があるわ。
ちょっとムカついて、先輩の腕に手を伸ばした瞬間、俺の行動に驚いた先輩が掴んでいたタオルから手を離した。


「…ちょ…!」


感じていた抵抗がなくなり、ぐらりと身体が揺れる。


「アホ…ッ避けんな…!」
「わっ…!」


次の瞬間、先輩が俺の腕を掴んだのを感じたが、当然俺の体重を支えきれるはずもなく共々床に倒れ込んだ。
少し遅れてタオルがぱさりと床に落ちる。
ぶつけた背中が痛い。あーなんやめっちゃムカついてきた。



「ほんま、あほちゃう」
「う…いたた」



先輩は俺の上に覆いかぶさる状態で倒れていた。
着替え途中やった俺は当然上半身が肌蹴ているわけで。
中途半端に乱れた衣服が余計にやらしい気がする。


案の定先輩は、身体を起こして俺の姿を見た途端に顔を真っ赤に染めた。
軽く奇声を上げて「ごごごめんなさい!」と言いながら俺の上から退こうとする先輩の腕を強く掴み引っ張ってやると、先輩がバランスを崩して再び倒れ込んでくる。


完全に倒れる前に空いた手を床に付いて身体を支えたのはええとして。
それはそれで、なんや俺が襲われとるみたいな体勢になっとるけど、ええんか?
まあ、教えたらんけど。

近くなった顔にさっきよりも更に赤くなった先輩が俺を見つめる。
俺はそんな先輩を睨みつけて、口を開いた。



「せんぱい、無防備なんもええ加減にしといた方がええすよ」
「…え、え?」
「人が着替えとるとこ近付いてきて、何されても文句言えへんすよね?」
「な、何でそうなるの!」
「うっさい黙れ」


そう言って俺は掴んだ手の人差し指を軽く咥えた。
驚いて手を引っこめようとする先輩を無視して、指の付け根の方まで舌を這わせる。
べろりと口内の熱が動くたびに先輩の身体がびくびくと震えるのが分かった。
それを感じながらこんなに加虐心を燃やしている俺は、周りが言う様にやっぱりSなんやろか。


熱くなってきた自分の想いに抗うこともなく、俺は先輩の指に歯を立てた。
そのままガリっと音を立てて歯を食い込ませてやると、先輩が「ひぅッ」と声を上げた。なんやその悲鳴えろい。

深く噛んだつもりはなかったのだが、じわりとした感触と共に血の味が口内に広がった。
同時に、痛みを堪え目に涙を滲ませる先輩と視線が交錯する。


「…中途半端な覚悟で俺に近寄らんといてくれます?」
「か、覚悟なら、出来てるもん」


指を浅く咥えたまま潤んだ顔を見据える俺に、先輩は負けじと言い返してきた。
意味分かってんのかこのあほ。大人ぶりよって、ほんまうざい。



「ほんなら俺に、キスしてみてくださいよ」
「……!」
「出来ひんやろ?」
「で、出来ます!キスくらい!」
「…ほなどうぞ」
「…………」



掴んでいた腕を解放して見つめ合ったまま数秒間。
ゆっくりと瞬きをすると、それと重なってちゅっと音がした。
一瞬にしてパッと身体を離し、先輩は再び顔を真っ赤にさせていた。

唇の端に僅かに残る感触。
案外意気地なしやな。



「うわ…ホンマにしよった」
「な、なにそれっ」
「先輩にとってキスなんて、ただの後輩にしれっと出来てまえるくらい、どうでもええもんなんや?」
「そ…っそんなわけないでしょ!」
「ほんなら、なんなんすか」


わざと挑発的な態度で言ってやると先輩は言葉を詰まらせ、悔しそうに顔を歪めた。


「…ぅ…」
「言わな分からへんし」
「い、意地悪…」
「今更やん」



口を歪めて垂れた髪を掬う様にしてうなじに手を添えると、反射的に顔を背ける先輩。
俺から大きく視線を外して泣きそうな顔をしながら、俺のシャツをぎゅっと握りしめてその震える唇を動かした。



「す、すき、だから…っ」



自分の腕で顔を隠すようにして消え入りそうな声で呟いた先輩を見つめて、「ま、それも今更っすけどね」と言って笑う。
俺の言葉に目を見開いた先輩の頭を強く引き寄せ、そのまま深く口付けてやった。


バレてへんとでも思っとったんやろか。どこまでもあほな先輩やな。

あんたの持ちなんてとっくに知ってる

「これからは他の男に触るん禁止な」
「ふえ!?」
「触ったら公開処刑やから」
「こ、公開処刑って何!?」


なんかもううちの財前は耳を舐めたり指を舐めたり
やりたい放題でごめんなさい

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