初めて、本気の恋をした。
試すような真似しても無駄
「付き合いんしゃい」
目の前の少女、はきょとんとした顔で俺のことを見ていた。
いや、ぽかん、として、見ていた。
え、と聞き返してくる彼女に、俺はもう一度口を開く。
「だから、俺と付き合いんしゃい」
彼女はまだぽかんとした顔をしている。
だらしなく口を開けて。
目を見開いて俺を見たまま、微動だにせずに彼女はその可愛い口を動かした。
「か、考えさせてください」
なんじゃ。一体何を考える時間が欲しいんかのう。
自分が告白されることはしょっちゅうだが、そんな返答をしたことはなかったから分からなかった。
「それで、付き合ってくれるんかの?」
翌日彼女の元へ行き、もう一度訪ねてみた。
彼女は心底驚いたような顔をして、言った。
「え、本気だったの?」
「なんじゃ、冗談だと思っとったんか」
「だって、女の子なんて他にいくらでもいるでしょ」
まあ、おるけど。
付き合いたいと思うのはだけなのだから、仕方ない。
「とにかく、仁王とは付き合えない」
「なんでじゃ?」
「自分の胸に手当てて考えてみたら」
彼女はそういうと、さっさと席を離れて行ってしまう。
こんな冷たくあしらわれたんは初めてじゃ。
一体何が気に食わんのかのう。
彼女の言う通り、胸に手を置いて考えてみたが、分からなかった。
「全くもって分からん」
更に翌日、俺はまたの前の椅子に後ろ向きに腰掛けて言う。
彼女はげんなりとして「はい?」と聞き返してきた。
「俺の何がダメなんじゃ?」
「…だって、仁王絶対浮気するじゃん」
浮気?
溜息をつく彼女を首を傾げて見つめる。
「浮気なんぞ、したことないぜよ」
「嘘。だって、C組の綺麗な子と付き合ってたのに、別の子と、したんでしょ」
C組の綺麗な子。
それが誰を指し示しているのかは分からなかったが、まあ彼女の言いたいことは何となく分かった。
「浮気じゃなか。だって、付き合っとらんもん、誰とも」
「…は?」
「だから、付き合っとらん。ただセックスしただけじゃ」
誤解を解く為に言ったのに、彼女の顔色が変わった。
もちろん良い意味ではない。なんだか怒っているみたいだった。
「……分かった、言い方が悪かったね」
彼女はすう、と息を吸い込んで、俺の顔をキッと睨みつけてきた。
「仁王の、女の子との付き合い方が嫌。私は、あんたのセフレになんてなる気ない」
そもそもどうして彼女と付き合いたいと思ったのか。
彼女の身体だけじゃなく、心も、眼差しも、その全てを一人占めしたいと思ったのは。
ああ、そうだ。
放課後教室で、彼女の涙を見た時に。
何で泣いていたのかは分からない。
失恋か、或いは別の何かだったのかもしれない。
ただ、誰かの為に流すその涙が妙に悔しくて。
誰かにその熱い視線を投げかけるのかと思ったら堪らなく嫌で。
そして、涙を拭いて気丈にふるまうその時の彼女が、とても美しかったのだ。
「。俺はお前さんとセックスしたいんじゃなか。付き合いたいんじゃ」
「しつこい」
だから、君が振り向いてくれるまで、何度だって。
「仁王、どれだけ私に言い寄っても、無駄だから」
「何でじゃ?」
「私、好きな人、いるから」
これが本気の恋じゃなかったなら、きっとそれ以上深みにはまろうとしなかっただろう。
いや、そもそも、ここまで夢中になったりしない。
こんなに積極的に口説いたり、しない。
それに、気付いていたのだ。
彼女が俺に課した、この試練に。
夕日が差し込んでオレンジに光る教室。
彼女はいつのも席で頬杖をついて、窓の外に目をやって、きっと、俺が立ち去るのを待っていた。
その手首をぐいと引っ張ってやると、彼女が少し驚いたように俺を見た。
「好きな奴がおったら、俺が諦めるとでもおもっとるんか?」
彼女は何も言わなかった。
ただ、少しだけ泣きそうな目で、俺を見ていた。
「のう、」
「…なに」
ゆっくりとその髪を掻き上げて少し顔を近付けると、彼女の身体が少しだけ強張ったのが分かった。
(意識、してくれとるんじゃな)
嬉しくて、少しだけ顔がにやけた。
「そんな嘘ついたって、無駄ぜよ。俺は諦めたりなんかせん」
「……!」
驚きで目を見開いた彼女を、更に愛おしく思う。
たったこれだけで、こんな表情の変化だけで、これほどまでに胸を掻き毟られたことがあっただろうか。
「俺は本気でおまんに惚れとるんじゃ」
そう言って抱きしめた身体から抵抗は感じなくて、そのことがこんなにも嬉しく感じるのも、これが初めてだった。
***
「…分かった、付き合う。でも、1回でも他の子とえっちしたら別れるから」
「ええぜよ。他の子とせん分、お前さんが全部受け止めてくれるんじゃろ?」
「…え、はい!?」