自分の名前が好きではなかった。
親が付けてくれたものではなかったから。


有名なお寺だか神社だか知らないけれど、縁もゆかりもない人に名前を付けさせるなんて、両親の私に対する愛はその程度の物なんだと考えるようになってしまった。
在り来たりな名前だろうと、多少エキセントリックな名前だろうと、実の親が悩み抜いた末に名前を授かった周りの子たちが羨ましかった。




ー」
「もう、名前で呼ばないでってば」


声をかけてきたクラスメイトに向かって少しだけ怒ってみせると、彼女は「ごめんごめん」と言ってアハハと笑った。


ちゃん、今日日直やっけ?ごめんけど今日急いでるん。先帰るな」
「うん、分かった。ばいばい」


昔ほど名前を呼ばれることに対する嫌悪感はなくなったが、やはり出来ることなら呼ばれたくない。
大阪に転校してきてからも私が嫌がるせいもあって、名前で呼ばれることはほとんど皆無だった。




さん」


背後から聞こえた声に黒板を消す手を止めて振り返ると、端正な顔つきをした男子生徒が立っていた。
白石蔵ノ介。彼の名前も結構なエキセントリック物だと思う。
それでも、私は彼の名前を初めて聞いたときからかっこいい名前だな、と思っていた。
一体、どんな経緯で付けられたんだろう。



「日直の仕事、あと日誌だけやから、もう帰り」
「え、良いよ。私やるから」
「結構沢山書くことあんねん。暗くなると、帰り危ないやろ」
「白石くんだって、そんな綺麗な顔してるんだから襲われるかもよ」
「なんやねんそれ」

私が食い下がると白石くんはプッと噴き出した。

「…ほな、二人でやろか。そん代わり、帰りは送らせてな?」





白石くんと二人向かい合わせに座って日誌を書く。
「2限目なんだっけ」「数学やな」とかなんとか他愛もない会話をしながら真っ白な日誌に文字を敷き詰めていくと、あっという間に窓の外は暗くなっていった。


「30分でこんなにも暗くなるもんなんだね」
「せやね、秋やからなあ」


頬杖をついて窓の外を見つめる白石くんの横顔はやっぱり整っていて、
綺麗だなあなんて思って見つめていたら目がぱちりと合ってしまった。

少しだけ、顔が赤くなった気がした。

白石くんはただ、そんな私を見てふわりと笑った。



「ほな、職員室に出しに行こか」
「う…うん」
「あ、日直の名前の欄書いてへん」


白石くんに日誌の一番上の欄を指さされ、同じように「あ」と声を上げて私は再びシャーペンを動かした。
大きく用意された欄に「白石・」と書き込んで日誌を閉じようとすると、手に持ったシャーペンと共に日誌が奪われる。


「あーかーん。ここはフルネームやで」


小さな子供を咎めるように優しく注意され、既に書かれた私の字の下に「蔵ノ介 」と小さく書き加える。
同じクラスだから名前を知っていて当然なのだけれど、周りに名字で呼ばれている私の名前を何のためらいもなくスラスラと書かれたことに何故だかドキッとした。


「…自分の名前、嫌いなん?」


カチカチ、とシャーペンを鳴らしゆっくりと芯を仕舞いながら白石くんが言った。



「…なんで?」
「いや、名前で呼ばれるん、嫌いみたいやし」


そんな些細な事、と思われるに決まってるから、本当は話すつもりなんてなかった。
けれど、白石くんの綺麗な瞳を目の前にしたら、不思議と話さなきゃいけない様な気がして、気付いたら自分の名前の由来を彼に明かしていた。

私の話を聞いて、白石くんは少しだけ笑った。


「不思議やな。俺から見たら、それはものごっつ愛されとるように見えんねん」
「…?どうして?」


白石くんの言ってる意味が分からなくて、私は首を傾げた。
日誌に書かれた「」という文字をその綺麗な指がなぞる。


「考えて考えて考え抜いて出した候補の他にもっとええ名前があるかも知らん。そう思って神社に行ったんやとしたら。…長い階段登って息を切らした分、他の子より愛されとるっちゅーこっちゃ」


白石くんの指が触れているのはただの文字なのに、自分が触れられているような感覚に陥り、胸の鼓動が速くなった。


「俺の名前なんて、うどん屋から取ったんやで?手抜きすぎやろ」


そう言って白石くんは自嘲気味に笑った。
そんな顔をさせてしまったことが悲しくて、私は咄嗟に「そんなことない」と声を上げていた。
その声に、白石くんが少しだけ目を丸くして私を見た。


「わ、私は、すき。かっこいいと思う」


なんだか告白みたいになってしまって、顔の熱が上昇してくる。
何言ってるんだろう、恥ずかしい。


けれど、白石くんは再び柔らかく笑ってくれた。



「…せやったら、俺のこと、名前で呼んでくれる?」
「え…?」


机に置いていた手が白石くんの手によってゆっくり包み込まれる。
速すぎる私の鼓動に構わず、そのまま軽く引っ張られ、掌を仰向けにされた。


「かっこええて思ってくれる子に呼ばれとったら、自分の名前好きになれる気するわ」


白石くんはそう言って、私の手にシャーペンを握らせた。
たったそれだけの事なのに、どうしてこんなにもドキドキするんだろう。


「…わ、私も、そう思ってくれる人に呼んでもらえたら、好きになれるのかな」


胸の鼓動を悟られたくなくて、私は視線を落として握らされたシャーペンをじっと見つめた。
すると、未だ私の手に添えられた白石くんの指に軽く力が込められる。
少しびっくりして目の前に座るその姿を見ると、彼は相変わらず優しい笑顔で私を見つめていた。


「試してみる?…俺は、って名前、かわええと思うけど」
「……え、」
「ああ、すまん。なんて言えばええんやろ、ええと…」


白石くんは少しだけ恥ずかしそうに笑って、言った。




「名前で、呼んでええ?」

「名前で呼んでいい?」

「…うん。嬉しい、ありがとう」
「良かった。あ、それから」
「ん?」
「好きなんやけど」
「う、ん!?」
「はは、顔真っ赤」


初めてまともな白石を書いた気がします。
やっぱクールで優しい蔵も好き…!

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