やっと、お兄ちゃんが帰ってきた。
でも、その反動は、あまりにも大きすぎた。
12月。公式試合も特になく、受験勉強に追われているはずの3年生は相変わらず部室に屯していた。
練習には参加しないけど、後輩の様子を見に来たり、部室で勉強したり(教室でやればいいのに)。
千歳はたまにテニスがやりたくなった時にふらっとやってきて、ふらっと帰っていく感じ。
白石や謙也なんかは「俺らはギリギリまでやるんや!」とか言って引退することもなく部活動に励んでいる。
まあ、そういう私もだけど。
次期部長の光も基本めんどくさがりだから、白石がいるのを良いことに未だに部長の仕事を引き継いでいなかった。
光ならちゃんとやれるだろうし、心配はしていないけど。
白石は薬学部、謙也は医学部を受けるとか言ってたから、部活なんてとっくに引退し必死になって勉強していても良いようなものなのに、元々頭が良いせいか、そんなに焦ることもないみたい。世の受験生に謝れお前ら。
白石はともかく、謙也は結構遊んでいそうな外見をしているのに意外と頭が良いから驚きだ。
英語と数学が得意だなんて、文系脳と理系脳の両方を所持してるってことじゃん。くそう、ずるい。
2人とも大阪での進学を考えているみたいだった。
私の家はもともと転勤一族だし、母も父親について行くらしいから、どこを受けようと一人暮らしは確定だ。
2人みたいに大した目標もなかった私は、そこそこ自分のレベルにあったところを適当に受けようと考えていた。
白石や謙也には負けるけど、私も頭は悪くない。(誰かさんのせいでちょっと変な知識が多いだけ)
それなりのレベルの大学には行けるはずだから、不安もそんなになかった。
銀や小石川はコツコツ努力するタイプだからここも心配ない。
小春ちゃんの心配は無用だし。
一番「大丈夫か?」っていうのはユウジ。千歳は置いといて。(だってたぶん卒業すら危うい)
小春ちゃんと同じ所を目指すとか何とか言ってたけど絶対無理だしね。
諦めてるのか吹っ切れたのか分かんないけど、当の本人は「何とかなるやろ〜」とかほざいてるから、こっちも放っておくことにする。
まあ、そんな余裕のある私たちだからこんな企画が出来るわけで。
「クリスマス会やろうや!」
クリスマス1週間前に突然そんな事を言い出す男が一人。
オイオイオイ、一番不安要素の大きなお前が言い出すか。
ユウジを見るみんなの目は同じ気持ちを示していた。
しかし、みんな優しいから何も言わない。
「ええなーやろやろ!」と返答が飛び交う中、唯一光が「浪人決定やな」とぼそりと呟く。
一瞬ユウジが固まったが、そのまま聞こえなかったフリをして続ける。
「カラオケとかでええやんなぁ?」
「ん、ええんちゃう?」
「参加できひん奴おるー?あ、謙也は?」
ユウジは手を挙げてみんなに呼び掛け、気がついたように謙也に向き直る。
「24日の夜から、また誰かの家でオールっちゅー流れになるかも知れへんけど」
「別に、予定もないし構へんで?」
「え、」
思わず私の口から声が漏れる。
ユウジも私と同じように目を丸くして謙也を見た。
「えーっと、その、お前、彼女は?」
「ん?別れたで」
「えっ…ええええええええ、そ、そうなんか!?」
白石以外はみんな知らなかったらしく、ユウジと同様驚いた顔をしていた。
「い…、いつや?」
「こないだ」
「……あーーー、そうか、まあ、アレや。嫌なことは忘れて、みんなで盛り上がろっちゅーこっちゃ!」
ユウジはバツが悪そうにポリポリと頭を掻き、ハハハと乾いた笑いを発して謙也の背中をばしばしと叩いた。
それに続き、他のメンバーたちもぞろぞろと謙也の周りに集まってくる。
「そうよ謙也クン、女は一人やないでえ。アタシもおるやん?」
「う、浮気か!死なすど!」
「ケンヤ…人生っちゅうんは、いろいろあるもんや」
「ん、銀さんの言う通りたい」
「…まあ、お前の悲しい気持ちはよく分かるで。元気出しや」
「健ちゃん、謙也悲しいんか?ワイのタコヤキやろか?」
「って、何でタコヤキ食うとんねん」
わらわらと寄ってくるメンバーたちと、「謙也、みんな優しゅうて良かったなあ」とニコニコ笑う白石に、謙也は面喰ったように眉を寄せる。
「いや…なんで俺こんな慰められなあかんの?別にそない落ち込んでへんし」
謙也がそう言うと、ユウジは安心したように「ほーかほーか!」と笑顔を見せた。
「ほなら、全員参加やな!24日の夜から次の日の朝までちゃんと空けとくんやでぇ!」
みんなで一緒にオールするのは初めてじゃないから今は慣れたけど、勿論女子の参加者は私だけ。
大人数の男の中に女一人ってどうなの、って最初は思ったけど、今なら言える。
こいつらは絶対私を女の子だと思ってない。(特にユウジ)
いや、女の子だとは思ってるんだろうけど、それ以上にたぶん変態だと思われてる。
下ネタトークについていけてる私を見て、小石川と銀は引いてたし(表に出さないようにしてたけどアレは絶対引いてた)、そもそもやっぱり家族感覚だし、そんな妙な雰囲気になったことなどない。
それに小春ちゃんが女の子みたいなものだから、今では全く気にしなくなった。
不安要素を敢えて挙げるとすれば、白石に襲われるんじゃないかということくらいか。
けど、白石はセクハラ発言することはあっても実際私に手を出したことはない。
その辺の分別はきちんとあるらしいから、それもまあ、そこまで心配はしていない。
だから、クリスマス会も普通に楽しみだった。
謙也が彼女と別れたことで、私は思いっきり謙也に甘えることが出来るんだ。
24日、某カラオケ店。
お酒が入ってる訳でもないのに(まあ未成年だしね!)、開始1時間で既にすごい盛り上がり様だった。
歌ったり踊ったり笑ったり。
相変わらずユウジのモノマネは神だし。
アーティスト本人が歌ってるんじゃないかって見紛うほどにそっくりで、ホントに器用だなあと改めて思う。
ノリノリで歌うユウジを見ながら、私はソファに深く腰掛けた。
ちょっと、飛ばしすぎたみたいだ。疲れた。
そんな私を見て、隣に座っていた謙也が少し心配そうに顔を覗き込んできた。
周りがうるさくて聞きとれなかったが、「疲れたん?」と唇が動いたのが分かった。
私はふるふると首を横に振り、「だいじょうぶ」と謙也に分かるように口を動かす。
謙也はほっとしたように笑って、私の髪をくしゃりと撫でた。
私はそのまま謙也の腕の中に入るようにして身体を寄せ、「ねえ、聞いていい?」と耳元で尋ねる。
「どうして、別れちゃったの?」
謙也の顔を見上げると、少し驚いたように私を見ていた。
そして、ちょっとだけ悲しそうな顔をして、私の耳元に顔を近付けてくる。
「彼女として、見れへんくなってん」
「こんなん、最低やけど」と付け加え、ゆっくりと身体を離す。
その顔は相変わらず悲しみに彩られていて、少しだけ、悔しい気持ちになった。
その思いを押し込めて、「元気出して」と言って謙也の膝の上でポンポンと手を弾ませると、謙也の手が伸びてきてその手をぎゅっと握られた。
「ありがとうな」
私はその時気付いてしまった。
謙也の手の温もりを感じた途端に激しくなった自分の鼓動に。
これは、兄に対する思いなんかじゃない。
私は――
私は、謙也が好きなんだ。
***
「コルァそこ!ブラコンもシスコンも大概にせえ!ちゃきちゃき歌わんかい!」
「先輩、次入れといたんでどうぞ。99点以下やったらコレ飲んでな」
「…ちょ、なにこれ、緑色なんだけど。つーか何そのドシビ設定」
「ええからはよ歌ってください」
(目の前でいちゃこきよって、ホンマむかつく)