卒業式当日。
結局あれから謙也には会わないまま、この日が来てしまった。
卒業生答辞は男女問わず多くの生徒からの支持を得てユウジが代表に選ばれた。
それはもう素敵なパフォーマンスでみんなを笑わせてくれるんだろうと期待していたのに、あの男、みんなの笑いじゃなく涙を取りにかかった。不意打ちなんてずるい。バカユウジ。
千歳も結局卒業できた。
出席日数足りたんだ、と言ったら“才気煥発の極み”がどうとか言われた。
そう言えば、「あと3回・・・数学の授業をサボれる回数たい」みたいなことをしょっちゅう言ってた気がする。
でもそれ、単に逆算すれば良いだけじゃないの?全く才能の無駄遣いだと思う。
卒業式が終わって、最後のホームルームも終わって、みんな涙を流しながら教室を後にする。
校門前で卒業生に群がる後輩たち。
花束やプレゼントを受け取る卒業生たち。
肩を寄せ合って泣く、生徒たち。
私は一人教室に残ってそんな光景を窓から眺めていた。
この後は部活の後輩たちが送別会を開いてくれるらしいから、私もそろそろ帰る準備をしなくちゃいけない。
先ほど金ちゃんがくれたストロベリー味のガムを手に握り締めて、思う。
金ちゃんなりに考えて卒業祝いを買ってくれたらしい。
ユウジはオクラ味(そんなんあったことにビックリした)、小春ちゃんはピーチ味を貰っていたから、メンバーによって味を変えてくれたんだと思う。
学校の購買で買えるようなものだけど、私には金ちゃんのその思い遣りが嬉しかった。
もう、廊下からは何も聞こえない。
外で屯している人たちも、ばらばらと校門をくぐっていく。
私は校門へ続く並木道に目をやった。
まだ蕾すらついていない桜の木が並ぶ中、一本だけ満開の桜の木がある。
(あんなに急いで花を咲かせて、まるで――)
「」
誰もいない教室に声が響く。
振り向いた先には、たった今、頭をよぎった人の姿。
「けん、や」
謙也が近づいてきて、不意に抱きしめられる。
いつもと同じように、優しく、温かく。
「こないだは、スマンかった。妹を泣かせるやなんて、最低や」
お兄ちゃん、と呼びそうになるのを必死で堪える。
謙也は私を抱きしめたまま、光に全部聞いたと言った。
そして「ボーっとしとるから、財前にからかわれるんや」とかなんとか説教をされる。
誤解が解けたことに安堵しつつ、私はまたこのどうしようもない状況に泣きたくなる。
何も言えずに私はただ、されるがまま抱きしめられていた。
「…兄ちゃんの説教はこんくらいにして、こっからはただの忍足謙也として言うんやけどな」
私を抱きしめる謙也の手に、少しだけ力が込められる。
「未遂や言うても、財前とキスしたんは、やっぱ気持ち悪いねん」
「…こないだも、聞いたよ…?」
言ってる意味が分からなくて、私はただ謙也の胸元に顔を埋めていた。
先週と言っていることは何も変わっていない。
むしろまた傷を抉られた気がして更に泣きそうになる。
すると、謙也が私の肩に顔を埋めるようにして私を強く抱きしめてきた。
髪をくしゃりと掴まれ、身体が更に引き寄せられる。
「好きや」
頭上から響く謙也の声が、少しだけ震えて聞こえた。
「あの日、ホンマに・・・嫉妬でおかしくなりそうやった」
苦しい位に抱きしめてくるその力と、
「…お前が、好きや」
もう一度小さく囁かれたその言葉だけで、充分だった。
私はただ謙也の背中に手を回して、その大きな身体をぎゅっと抱きしめた。
誰もいない校舎を謙也に手を引かれて歩く。
お互いの気持ちががはっきりした今、なんだか恥ずかしくて謙也の顔がまともに見れない。
ただ、その手から感じる温もりは今までと同じように心地よかった。
そのまま大した会話もなく校舎の外に出る。
さっきまであった人だかりはもう消えていて、校門をくぐっていく人がちらほらいるだけだった。
見られているわけではないけれど、繋いだ手が恥ずかしくて思わずパッと離すと、謙也が苦笑いしたのが分かった。
そのまま並んで歩きだすと、少し強い風が吹いた。
1つだけ咲いたその桜が私たちを包み込むようにして舞い散る。
「わっ」
思わずギュッと目を瞑って桜吹雪を手で遮る。
桜の花弁と一緒に通り抜けていった風が髪の毛を悪戯に乱していった。
「花びら、ついとる」
謙也の指が伸びてきて、私の髪に優しく触れた。
近くなった顔に、思わず頬を染めると、謙也がぴたりと動きを止めた。
「…なぁ」
「……な、に?」
「キスしてええ?」
髪に触れたまま至近距離でそんな事を言う謙也に、私の顔は更に赤くなる。
少しだけ抵抗して、謙也の腕を軽く押し返した。
「こ…ここ、学校だよ…?」
「…財前とはしとったやんけ」
「だ、だからっあれは不意打ちで…しかも蜜柑だったし、」
謙也が不満そうな声で言うので、私は顔を上げて反論する。
けど、
「関係ないわ」
そう言い放って、あっという間に唇が奪われた。
きっと、金ちゃんから貰ったガムの仕業だろう。
初めてのキスは、本当に、レモンの味がした。
***
「…好きやで」
「…ばか」