何でずっと気づかへんかったんやろうな。
今となっては不思議でしょうがない。
とは2年の時に同じクラスになって、それが初めての出会いやった。
隣の席だったこともあって、俺らはすぐに仲ようなった。
元々俺は人見知りとかせえへんから、誰とでもすぐに打ち解けられんねんけど、…なんていうんやろ。
とは、なんや波長が合っとる気がした。
1ヶ月後くらいに、がマネージャーとしてテニス部に入部してきた。
白石が一人勧誘に成功したて言うてたけど、のことやったんか。
突然のことに驚いたけど、それ以上に嬉しかった。
とおると楽しいし、一緒におって飽きることはなかったから。
お兄ちゃんて呼ばれるんも、嫌いやなかった。
寧ろ結構居心地良くて、俺も妹やと思ってのこと可愛がっとった。
「なぁ、付き合うてくれへん?」
「は?」
それは3年の初夏のことやった。
目の前にいるのは、同じクラスの女子。
まあそれなりによう喋る、それなりに仲のええ子やった。
「あかんの?好きな子、おらんのやろ?」
「お、おん」
どこ情報やねん。
ちゅーか、お前俺んこと好きやったんか。
言いたいことはいろいろあったが、まあ、ええか。
そんな軽い気持ちで、俺らは付き合うことになった。
付き合ういうても、俺はデートより部活っちゅースタンスやったから、彼女との関係も今までとなんら変わらんかった。
一緒に帰ることも稀やし、手も繋がへんし。
(部活で妹の相手しとる方が楽しいしなぁ)
俺の腕を引っ張るの頭を優しく撫でながら、そんな事を考えていた。
白石に「彼女妬くやろ」みたいなこと言われたけど、別にええやん?兄妹なんやし。
形だけの彼女にどう思われようと、あまり興味はなかった。
(何で俺、付き合うとるんやろ)
少しずつ、と過ごす時間が減った。
前ほどボディータッチもしてこおへんようになったし、アイツなりに気ィ効かしとるんかもしれん。
「謙也くんの家に行きたい」
彼女にそう言われて、んーまあええけど言うて招き入れた。
部屋でのんびりしとったら「キスしよ」て、こっちが反応する前にキスされた。
そーいうんは、男からするもんちゃうん?
彼女との初キスの感想はそれだけ。
別にドキドキしたりもなんもせえへんかった。
そして、彼女と付き合って2ヶ月くらい経ったある日、俺は信じられんモンを見た。
白石と話しながら部室を出たら、コート横のベンチでと財前がキスしとった。
財前はこっち側に背向けとるし、は財前の陰に隠れとるから俺らの姿に気づかん。
白石も白石で俺の方向いて毒薬聖書がなんたらて絶頂状態で喋っとるから何も気づいてへんかった。
なんなん?
あの二人、付き合うとるんか?
せやけど、その後白石が二人に気付いて近付いて行ったあと、二人ともいつも通り白石に接しとった。
よく、分からんけど、
あんま、いい気分はせえへんかった。
それを機に、財前と仲良さそうにしとるを見るとイライラするようになった。
何でそないベタベタするん?
自分のことは棚に上げて、姉弟いうても仲良すぎやろ、なんて思っていた。
クリスマスが近づいてきて、彼女が「どうする?どうする?」と頻りに寄ってくるようになった。
「お泊りとかしようよ!」と言い出す彼女に、アホちゃうか、と笑って内心呆れる。
まだ付き合って半年やし、そもそもキスやってあの1回きり。
ありえへんやろ。
まあせやけど、「お泊り」ちゅう響きは魅力的なもんがあるよなあ。
好きな子とやったらヤりたなるんが男の性っちゅーもんやし。
(…え?)
そのとき脳裏に浮かんだんは、彼女やなくての顔やった。
「どうしたのー?」と覗き込んでくる彼女の、いや、その女の顔を見て、思った。
ああ、もうこれ、あかん。
彼女っちゅう肩書きすら、以外の女に渡したない。
「スマン、別れよ」
以外の女をこんなにも平気で傷つけることのできる自分に、恐怖さえ感じた。
いつの間にか、妹やなくなっとった。
せやけど、には言えん。
もしも逆の立場で、妹やて認識した状態でに告白されても俺は受け入れられへんかったと思う。
せやから、いつも通り一緒におることしかできんかった。
そんな状態で、が白石たちのドッキリに騙されて家に来た時は、ホンマ死ぬかと思った。
よう我慢した、俺の分身。(イヤ、文字通りの分身やなくて。)アレは表彰もんやろ。
彼女と別れてから、はまた俺にハグをするようになった。
俺はそんなを優しく抱きしめ返す。
その瞬間はいつも、逃げられん位に強く抱きしめたい衝動に駆られた。
そんぐらい強く捕まえておかんと、すぐ、
「せんぱい、ちょっとええスか」
「ん?どうしたひかるー」
フッと俺の腕を離れて、財前のもとへ走っていき、その頭をよしよしと撫でる。
その度に嫉妬の炎が燃えとるんが自分でも分かった。
(あかん、余裕なさすぎやろ、俺)
時間が過ぎるたびにその嫉妬は大きくなって、最終的には疑心暗鬼へと陥った。
(ホンマは、財前と付き合うとるんちゃうやろか)
卒業間近に、ロクに話も聞かず俺はに自分の気持ちをぶつけた。
一番肝心なことを伏せたままやったのがあかんかったんやと思う。
は俺の目の前でぽろぽろと涙を零した。
泣き顔を見たんは初めてやったから、どうすればええんか分からんかった。
財前に話を聞いて、ただの俺の誤解やて分かったけど、なんて言って謝ればええんや。
そんな事を考えとる間に卒業式の日がやってきて。
送別会の時に、こそっと謝るんがええかな。
せやけどそんなタイミングよく行くとも思えへんし。
ホームルームを終えて周りの生徒が次々と教室を出ていく中、俺はいつまでも席に座って考えこんでいた。
「謙也、そろそろ行かんとみんな待っとるで」
「あー…、先行っとってや」
「ええけど…あ、それから金ちゃんが」
「?」
パッと顔を向けると、金太郎が教室に入ってきたんが見えた。
ニカッと笑って「そつぎょー祝いや!」言うてレモン味のガムをくれた。
笑ってそれを受け取ると、金太郎が少し心配そうに俺に耳打ちしてきた。
「あんな、さっきにも渡しに行ってんけどな、なんや元気なかってん。暫く教室におりたいて言うてたから、謙也あとで一緒に連れてきてえな!ワイら先に行っとるさかい!」
俺の気持ちに気づいとるんか気付いとらんのかは分からんけど(白石の毒手も嘘やて気づいとるっちゅー噂やし)、でもとにかく、金太郎は俺にきっかけを与えてくれた。
窓の外を見ながら金太郎に貰ったガムを一粒口の中に放り込んだ。
予想以上に強い酸味に少しだけ咽た。
パステル系の外装には、ほんのり甘いレモン味っちゅう感じの印象を受けるのに。
(…胸の内に秘めとるだけじゃ、何も伝わらへんな)
俺はまだ半分味の残ってるガムを素早く包んで捨て、教室を飛び出し長い廊下を走った。
いつも一瞬で辿り着くはずの道程が、その時はやけに遠く感じた。
誰もいなくなった教室に、はいた。
窓際に立って、外の様子をじっと見つめていた。
名前を呼んで振り返ったその顔を見たら、なんや辛抱堪らんくなって、気付いたら俺よりも随分小さいその身体を抱きしめていた。
そのまま、言いたいことを全部吐き出した。
せやけど、この腕を解くのは怖い。
今、どんな顔しとるんやろ。
解いた途端に、逃げて行ってしまうんやないやろか。
を抱きしめる手に更に力を込めて、もう一度小さく「好きや」と呟くと、の手が俺の背中に添えられた。
それだけで、お互いの気持ちの通じ合ったんが手に取るように分かった。
波長があっとるんは、勘違いやなかったみたいや。
外に出たら、恥ずかしがって繋いだ手を振り払われたけど、それすらも愛しかった。
頭についた桜の花びらを取ったろう思て手を伸ばしたら、が顔を真っ赤にして固まった。
それを見て俺も思わず動きを止めた。
(…そないな顔、反則や)
「キスしてええ?」て聞いたら、なんや抵抗とも思われへん抵抗されたけど、そんなん火つけるだけや。
ホンマこいつ、下ネタは平気なくせに男心はなんも分かってへんねんな。
押し返してくる手を掴んで、俺はにキスをした。
それは、触れるだけのモンやったのに
ビリビリッと体中に電流が走ったかと錯覚するぐらいに刺激的やった。
***
「…ホンマに好きな奴とのキスはこんな感覚やねんな」
「………前の彼女と、ちゅーしたんだ」
「え…っと、その、やな」
(またいらんこと言うた俺のアホ!)