俺のこと好きや言うてくれる子は沢山おったけど、俺が好きな子は俺のこと見向きもせえへんかった。
1年の時に同じクラスになった。
何となく異質な子やった。
一人だけ標準語のせいやろかとも思ったけど、なんや、それだけでもなさそうな気がした。
初めは他の子と何がちゃうんか分からんかったけど、ある日気づいた。
この子、俺に全く興味持ってへんのや。
ありきたりなきっかけやなぁとは思ったが、気になってしまったものは仕方ない。
それ以来、彼女のことをいろいろと探るようになった。
噂によると、彼女は中学までは東京で、親の転勤の都合でこちらに越してきたらしい。
なるほど、それであの標準語。
俺は彼女によく話しかけるようになった。
彼女は人当たりが良くて、会話はそこそこ盛り上がった。
せやけど、当たり障りのない会話、外向けの笑顔、
他の人にするんと同じような反応に、俺は不満やった。
(つまらん…)
もっと、さんのいろんな顔が見たいと思った。
あんな歪んだやり方しかできんかった自分を、ガキやったなあって今では思う。
「さん、今彼氏おるん?」
彼女は少し驚いた顔をしていた。
まあ、口火を切った台詞がこれやったら、そら驚きもするよな。
せやけど、その顔を見たかったんやし、全く問題ない。
「いないけど」
「今まで、何人と付き合うたん?」
「2人」
彼女は特に隠す様子もなく俺の質問に淡々と答える。
つーか中学3年までで2人もおったんかい。やるな、さん。
なんとなく清楚なイメージやから、0人ちゅう答えを期待しとったんやけどなぁ。
「何で別れたん?」
「私がキスすんの嫌がったから」
恥ずかしがる素振りもない。
なんや、つまらんなあ。
もっと、いろんな表情を見せて欲しい。
「っちゅーことは、ヤらせんかったんや?彼氏に。うわあ、可哀想やなぁ」
俺がニヤニヤ笑ってそう言うと、彼女は不思議そうに俺を見てきた。
「可哀想?」
「そら、中学生男子なんてお年頃やもん。彼女おったらヤりたなるんが男っちゅーもんやで」
「ふうん…」
彼女は「勉強になったよ」と言って席をガタンと立つ。
そして俺を振り返って一言。
「女の子にそういうことズケズケと話すなんて、白石くんって、結構変態なんだね」
少し厭味ったらしい笑顔を向けられる。
軽蔑されたんか?
せやけどそんな事より、彼女の今まで見ることのなかった表情を見れたのが嬉しかった。
俺って、マゾなんかな。
調子に乗って俺はエロい話題を彼女に振るようになった。
その度に見せられる呆れた表情にゾクゾクしながら。
うん、やっぱ、マゾやな。
せやけど、それもさん限定。
他の奴に罵られても嬉しくもなんともないわ。
(…あ、俺、さんのこと好きなんか)
そう自覚してからは、彼女ともっと話したいと思った。
その後暫くして、俺は2年になった。
クラスも変わって、彼女と話す機会なんてほとんどない。
(…足りひん)
もっと、彼女と時間を共有したい。
丁度部活の先輩らがマネージャーがおらへんて嘆いてたから、彼女を勧誘してみた。
仕事は大変やけど、さんは1年のころから何でもテキパキと器用にこなす子やったから大丈夫やなんて、何の確証のない自信も抱いていた。
問題は彼女が引き受けてくれるかどうかやけど――
「うん、別に良いよ」
ビックリするぐらいあっさり承諾してくれた。
なんや、もっと粘る思ててんけどなあ。
「ただし、白石が私に手出さないって約束するならね」
…そうきたか。
冗談っぽく言うとるけど、俺が好きなん分かっとってこういうこと言うんやろな。
せやけどまあ、一緒におるうちに、俺のこと好きになってもらえばええだけのことや。
まさか身内にライバルがいてるなんて思わんから、俺はこの条件を飲んだ。
「あれ、、何でココにおるん?」
「謙也もテニス部だったんだ。私、今日からマネージャーなんだ」
え?なんやそれ。
何で自分ら名前で呼びあっとん?そういう仲なん?
「同じクラスなんだ」
この時ほど謙也の社交性を恨んだことはない。
しかも敵は謙也だけやなかった。
今年入ってきた1年の財前。
いっちょ前に憎まれ口は叩くんに、なんちゅーか、抜け目がない。
いつの間にかさんのこと「先輩」て呼んどるし、
「ぜんざい食いたいっすわー」言うてさり気無くボディータッチしよる。
俺も負けじと呼び方を「」に変えてみた。
一週間くらい「なに企んでんの?キモイ」と言われ続けたが、我慢や、俺。
自分で言うのもなんやけど、俺ってホンマ一途やと思う。
何の変化もなく、このまま過ぎて行くんかなあ。
せやけど、この状態も、これはこれでええんかもしれん。
そんなふうに考えていたのに、3年になって、いつの間にか変わっていたことに気付いた。
謙也と、仲良すぎやろ。
去年1年同じクラスやったからて、あない仲良うなるもんなん?
俺かて1年ん時同じやったけど、あんな状態にはならへんかったわ!
この間の合宿で、家族設定が決まってから、特にだ。
本人らは気付いてへんのかも知れんけど、「兄」と「妹」の設定に甘えとる気がする。
お前らは兄妹の在り方を誤解しとるわ。
俺が妹にあんなベタベタしたら「クーちゃん、気持ち悪い」言われるんが関の山やし、そもそも必要以上に触ったり近付いたり話したりせえへん!(あいつ、一緒におるとホンマいらんことばっか言いよるねん)
きっと、お互い好きなんやろなぁ。
せやけどココでお膳立てするほど、俺は良い奴ちゃう。
2人に対する態度も変えへんかったし、なんも口出しすることもなかった。
そんな時やった。同じクラスの女子が、俺に相談を持ちかけてきたんは。
「謙也くんて、今好きな人おるん?」
発言からも表情からも丸分かりで、俺は心の中で少し笑ってしまった。
結構押しの強そうな子やった。ついでに謙也は押しに弱い。
俺は嘘をついた。
謙也自身が気づいてへん気持ちに、俺は気づいてたけど。
「おらんちゃうかな」
君を手に入れられるんやったら、俺はどんな小さな火種だって撒いてやる。
こんなドス黒い感情、君には見せられへんけど。
***
「白石、俺付き合うことになったわ」
「良かったやん、おめでとさん。みんなに報告やな!」
(嗚呼、これでまた、違う顔が見れるわけやな)
(今度は、どんなふうに歪むんやろ)
(楽しみやなぁ)