先輩に初めて会ったんは、俺がテニス部に入部した数週間後やった。
男の集団の中に女一人。このヒト、大丈夫なんか?
最初はそんな風に思ったのを覚えてる。
せやけど、慌てふためく姿とか、恥ずかしがる素振りとか、一回も見たことはなかった。
いつも、いつの間にか仕事を終わらせて、涼しい顔しとる。
(ふーん)
なんやろ、男慣れしとるんかな。
それともポーカーフェイス気取っとるだけ?
どっちにしてもなんや気に食わんかった。
先輩らもあのマネージャーの前では言葉選んどるみたいやし(白石先輩も生温いねん)、もっとぶっ飛んだ発言したら慌てるんとちゃうん?
ちゅーか、マネージャーって俺ら選手をサポートする立場やろ?
何でこっちが言葉選んだり、気ィ使わなあかんねん。
だから俺はある日、言ってやった。
みんなが着替えとる部室でお構いなしに部誌を書く先輩に。
「せんぱい、今まで何人の男とセックスしたんスか」
着替えとる先輩らの視線が一気に俺に集まる。
謙也さんとか副部長に至っては完璧固まっとたけど、そんな事は関係ない。
俺の目の前に机を挟んで腰掛けたその女の先輩は、ちらりと俺を見て、部誌をぱたんと閉じた。
そのまま立ち上がってこちらにツカツカと歩み寄ってくる。
最低、とか言うて殴られるやろか。
そんなことしたらテニス部から追放したる。そう思っていたのに。
「ないしょー」
少しだけ笑って部誌でポンと俺の頭を叩くと、そのまま俺の横を通り過ぎて部室を出て行ってしまった。
今考えても全く意味が分からんのやけど、とにかくこの瞬間、俺はこのヒトにいろいろ奪われたんや。
その後、元彼とはキスすらしてへんて白石先輩に聞いた。
あの女、おちょくってくれるやんけ。
それから俺は何かと先輩に絡むようになった。
「せんぱい、そんくらいさっさと終わらせてください」
「そないに俺らの着替え見たいんスか。ホンマ変態やな」
「テーピング下手すぎっスわ。もう自分でやるんでええです」
俺がそんな風に悪態をつくたび、先輩は「ホント光は生意気だな〜」と苦笑していた。
一度だけ気紛れで、ストレートに気持ちを表現したことがあった。
個人メニューをがむしゃらにやっとったとき。
コート上でぜえはあと息を切らし、膝に手をついて項垂れた俺に先輩がドリンクを持ってきた。
「光、ちょっと休憩にしよっか」
差し出されたドリンクを無視して、俺は先輩の肩に腕を回してそのまま凭れ掛かるようにして顔を埋めた。
先輩が少しだけ驚いて「どうしたの?」と尋ねてくる。
「…つ、…疲れ、ましたわ…ッ」
荒い息を整えながらそう言うと、先輩は少し嬉しそうに笑った。
「今日は素直だね〜可愛いとこあるじゃん」
先輩はそう言って俺の頭をわしゃわしゃと撫でまわした。
(こん人、甘えられるの、好きなんか)
それ以来、俺はたまに甘えた姿を見せることにした。
案の定、俺が「ぜんざい食べたい」とか言うて先輩を後ろから包み込んでも、先輩は一度も怒ることはなかった。
そのままの体勢で下から手を伸ばし、「かわいいな〜」と言ってまた俺の髪をわしゃわしゃと掻き乱す。
たぶん白石部長がやったらこうはいかへんのやと思う。なんやいっつもキモイキモイて言われとるし。
学年が一つ下なことに感謝したんは初めてやった。
先輩のことは好きやったけど、どうこうしたいやなんて全く考えとらんかった。あの日までは。
謙也さんに彼女が出来て、ますます俺と先輩の共有する時間が増えた。
謙也さんへの想いをブラコンからやて信じとるこのあほな先輩は、あろうことか「光は彼女作んないでね」とか抜かしよった。
なんやねん、それ。思わず口に出た。
俺と付き合う気なんてさらさらないくせに、そんな言葉だけで俺のこと縛り付ける先輩が酷く憎く思えた。
(ほんまこのニブチン、押し倒したろか)
こっちはギリギリの理性を保つのに必死やゆうのに、そんな時に限ってまたこのあほは。
「ありがと、光。だいすき」
もう、ホンマうざい。
挙句に「キスってどんな感じなのかな」やて。
まじで、何なん?誘っとるとしか思えん。
白石部長らが部室から出てきたんには気づいとったけど、別に見られてもええわ。
ムカついたから蜜柑越しにキスしてやった。
怒られるかもしらんと思ったんに、帰ってきた反応は予想外の赤面顔。
(ちょ、え…)
嘘やろ。何それ。可愛すぎや。
ギリギリの理性がプツンと切れそうになった。
せやけどその直前で、俺はその質問の意図に気が付いた。
こん人、謙也さんと彼女がどこまで行ったか気にしとんのや。
それに気が付いて、昂った感情が一気に冷めていく。
(何やねんそれ。全然おもんない)
先輩は、白石部長の気持ちには気付いとるけど、俺の気持ちには全く気付いてへんかった。
まあ、気付かれんようにしてんねんけど。
そうやいうても、俺が寝転がっとるベッドの隣に寝そべってくるんはナシやろ。
「部屋に連れ込んだ」いう表現は間違ってへんけど、別にそういうつもりで連れてきたんとちゃうわ。
食いすぎで気持ち悪かったんはホンマやし。ただ、一緒におりたかっただけや。
そもそもココは謙也さんの部屋やっちゅーねん。
せやけど、あそこで謙也さんが入ってこおへんかったら、そういう流れに持っていって無理矢理にでもやっとったかもしれんなぁと思う。
(何食ったらあんな無防備なアホになれるんや…理解できひん)
そんなこんな、何も出来ひんうちに謙也さんが別れた。
めっちゃ、焦った。
そんな俺の気持ちはお構いなしに、クリスマス会のカラオケでまたあの二人はいちゃいちゃしとった。
本人らにそんな気はないんやろうし、先輩らも「いつものことや」思て全く気にしとらへん。
普通に考えてみて欲しいわ。異常やで?アレ。
何も知らん人が見たらカップルにしか見えへんやろ。完全なバカップルやろ!
先輩らの卒業が近づいて、俺は部長の引き継ぎに追われた。
最近先輩と全く喋ってへん。
笑顔もしばらく見てへん。会いたい。話したい。
せやけど先輩は謙也さんの片付けに付きっきりで。
卒業前に、何とかせなあかんよなあと思っていた。
あん二人の関係が、片づけを手伝うあの1週間で一気に縮まるなんて思わへんかったから。
「泣かせた」
卒業を間近に控え、謙也さんがそんな事を言うてきた。
「はあ?」
「ジブンらのキスんこと、問い詰めて、酷いこと言うた」
「……………」
「あんな顔見たん、初めてや」
謙也さんが、はぁぁぁと深い溜息をついて机に突っ伏す。
俺はただ冷ややかに目の前の金髪を見降ろして、言ってやった。
「謙也さん、アホっすわ」
「わかっとるわ!ホンマ最低や…」
謙也さんはガバッと顔を上げて俺を見たが、またすぐに全身の力を抜いて机に頭をぶつけた。
そのまま頭をわしゃわしゃと掻き毟って「うわぁああああ」とか変な声上げとる。
せやけどここで、俺を責めることはせえへんのやな。
(ホンマ、お人好しであほな先輩や)
「…からかったろ思てミカンぶつけただけっすわ」
泣いた顔なんて、見たことなかった。
きっと誰も見たことのないようなあの人の姿を謙也さんが見たかと思うと少し嫉妬した。
せやけどそれ以上に、
(そんな顔、想像もしたない)
泣くやなんて、ズルイわ。
アンタを悲しませるくらいやったら、いくらでもこんな想い秘めといたる。
一番お人好しでアホなんは、俺自身やな。
***
「情報料はぜんざい一週間分でええっスわ」
「ぼったくりやろ!」
「ハァ?フザケんのもええ加減にしてください」
(そんなん、1ヶ月分でもええくらいやわ)
(この先、1回でも泣かしよったら絶対許さへん)