一緒に住むっていうのがどういう事か、私はきちんと理解していなかったのかもしれない。
謙也の髪からポタポタ垂れてくる水滴を首筋に感じながら、その真剣な眼差しから私は目を逸らせずにいた。
謙也と一緒に暮らし始めて半月。
今までよりも少し長い春休みもあと数日で終わろうとしていた。
2つの部屋とリビングという間取りをどう使うのかと変にドキドキしてしまっていたけれど、
謙也もああ見えてくそ真面目なところがあるから、普通にそれぞれを一人部屋として使うことになった。
リビングで一緒にテレビを見たり、ご飯を食べたり、お互いの部屋を行き来してちょっとだけいちゃいちゃしたりするけど、夜は必ずお互いの部屋に戻る。
相変わらず、笑っちゃうくらい清いお付き合いをしていた。
ほっとしたような、残念なような、よく分からない気持ちに襲われたけど、
謙也が欲求不満(とか言うとなんだか語弊があるけど)だとか、そんな様子を見せることもなかったから、まあ良いかなんて思っていた。
その日も、特に何を意識するわけでもなく、私は謙也の部屋の謙也のベッドの上に座って、ベッドに背を預けて床に座る謙也の髪をくるくると弄んでいた。
「けんやー」
「ん?なん?」
「ねむい」
「……ん、そか」
謙也が少しだけ笑ってこちらを振り返る。
その視線を捉えようと顎を引くと耳に掛っていた髪がするりと下に垂れ、その束を掬う様にして謙也の指が触れてちゅっと音を立てて唇が啄ばまれる。
そのキスが心地よくて、頭がくらりと揺れた。
謙也から身体を離すと、頭上から降ってくる快楽と眠気による重力に逆らえず、そのままベッドにぽすんと身体を沈ませた瞬間、深い眠りへと誘われる。
やばい。本当にこのまま寝てしまいそう。
けれど身体を起こすことはできなくて、目を瞑ったまま口だけを動かす。
「…謙也の髪いじってたら眠くなってきた」
「はは、そんな俺の髪、気持ち良かったん?」
「うん」
もう一度軽く笑われ、すぐ隣からした布擦れの音で謙也が立ちあがったのだとぼんやりした頭で理解する。
額にちゅ、という音と共に柔らかい感触を感じ、謙也の大きな手が私の頭をくしゃくしゃと撫でて離れていった。
「俺、風呂入ってくるな。寝んなら自分の部屋で寝えよ」
「…ん」
お母さんみたいなことを言い、謙也はドアをぱたんと閉じて出て行った。
謙也のベッドに寝ているだけで、謙也に抱きしめられているような気持ちになる。
その安心感が余計に私の眠気を加速させ、いけない、と思った次の瞬間には思考回路が途切れていた。
どれくらい時間が経ったのかは分からない。
ただ私にとっては一瞬だった。
意識を手放した次の瞬間、ポッと言う音と肌に感じた冷たい温度に私は目を覚ました。
軽く欠伸をしてもう一度眠りにつきたいと一瞬は思ったけれど、目の前の光景に残された眠気など一気に吹っ飛んでしまった。
たぶん、これは、私がベッドに寝転がっているということは、私の上に謙也が上半身だけ覆い被さっているということだと思う。
ベッドの上に斜めに腰を掛け、私の両サイドに手を付いて、首からは湿ったタオル。
髪の毛からはまだ僅かに水滴が垂れてきている。
というか、それよりも問題なのは、謙也が何も着ていないという事だ。
いや、下は穿いてる。いや、巻いてる?はず。よく見えないけど、たぶん。
「け、謙也、何し…っ!」
紡ごうとした言葉は謙也の唇に遮られた。
驚いて思わず身体を強ばらせたけれど、謙也は構わず私の唇にちゅ、ちゅと音を立てながら優しくキスを落としていく。
不意に謙也が閉じていた目をゆっくりと開き、伏し目がちに囁いた。
「クチ、開いて?」
謙也が何をしようとしているのか分かったから、余計に素直に口を開くことは出来なかった。
真っ赤になって謙也の胸を押しやろうとしたけれど、逆にその手を捕まれてしまう。
掴んだ手は優しくベッドへ押し戻され、そのままうなじ辺りに手を添えられた。
「ひゃ…っ」
冷たい手の温度に思わず声を上げると、謙也がすかさず唇を重ねてきた。
開いた口の隙間から熱が入り込んできて、口を閉じることもできず、というか、どうすれば良いのかよく分からない。
ベッドに付いていた謙也の手は、いつのまにか私の手に重ねられている。
指を軽く絡め取られ、そこに感じた謙也のぬくもりに頭が爆発しそう。
「ぅン…っん、ん…っ」
そもそもこれは一体どんなタイミングで息継ぎをすればいいんだろう。
ムードもへったくれも無いようなことを考えている間にも、謙也の舌は動きを休めることはない。
てゆーか、何で謙也こんなにキスうまいの?
前の彼女とキスしたことは知ってるけど、え、なにそれ、ディープな方だったの?
思考回路が整わないまま、再び首筋に冷たい雫がぽたぽたと落ちた。
「んン、んッ」
びくびくと不自然に反応した私の身体と、僅かな隙間から洩れた声に謙也がゆっくりと唇を離し、その視線が私の首を捉えた。
「……すまん、風邪ひいてまうな」
謙也が少しだけ眉を下げて優しくそう呟いたから、きっとこのまま私の上から身を引いてくれるのだと、そう思った。
けれど私のそんな生温い期待は、文字通り謙也に拭い去られてしまった。
謙也が私の首筋に顔を埋めたと思ったら、そのまま熱い熱が私の首筋を這った。
初めての感覚に全身が粟立ち、思わず手に添えられた謙也の指に自らの指を絡めてぎゅっと握った。
「け、謙…ッ也…」
「……ん?」
再び視界に入ってくる謙也の顔。
ものすごく、ものすごく慈しむような目で私を見ていて、どうしようもなく胸が高鳴った。
「…ホンマに嫌なら、せえへん、よ」
「………ッ」
謙也の行動や、眼差し、言葉、その全てが、私を大切に思ってくれてることを伝えてくれる。
そんなの、ずるい。
私だって謙也の事が大好きだし、大切にしたい。
謙也が私を思ってくれている分、その全てを、ううん、2倍にも3倍にもして返したい、この想いを伝えたいのに。
昂ってくる感情に抗わず、私は謙也の頬に手を添えて唇を重ねた。
唇を離し、そのまま謙也の額にこつんと自分の額をくっつけて、掠れた声で小さく、「嫌じゃない」と呟いた。
「もう……謙也になら、…何されても、いい」
言ってしまってから、脳内が爆発したんじゃないかってくらいに顔の熱が上昇する。
恐る恐る謙也の顔を見上げると、謙也も私と同じように頬を染めて、少しだけ目を見開いて固まっていた。
***
「け、謙也…大丈夫?」
「えっ、う、ああ、お、おん」
「…私、変なこと言った?」
「い、言ってへん!言ってへんけど…っちょ、アカン!今、顔近付けたら…!あああちょ、ちょおタンマ!」
(あーもーーー!可愛すぎやろ!)