「ほんなら次は二人一組になって柔軟なー」まるひえもーしょん!
―可愛くない後輩―
白石の声がコートに響く。
2人組を作ってばらばらと散らばる部員達。
私はコート横のベンチに座って部誌を記入しながら、そんな光景をぼんやりと眺めていた。
「せんぱいせんぱい」
聞きなれたテンションの低い声に顔を向けると、眠そうな目をした後輩の姿が見えた。
「柔軟付き合うてくれません?今日謙也さんおらへんねん」
「あ、いいよー。じゃ、あっち行こう」
気だるそうに歩く光の手を引き、私たちはコート端に移動した。
「はい、やろっか。座って、光」
「っす」
「で、開脚ー」
「…っす」
「ホラ、もっとちゃんと開いて」
「…ッい、」
「チカラ入ってる、抜いて?」
光の身体は、結構硬い。
ゆっくりと背中を押していくと、光が恨みがましい目でこちらを睨んできた。
「なに?ちゃんとやんなきゃ硬いままだよ」
「せんぱい、なんやえろい」
「黙ろうか?」
にっこり笑って容赦なく体重を乗せると「あ゛だッ」と光が一瞬呻いた。
「ちょ…ッ、先輩、重いすわ」
「…かわいくない」
性懲りもなくそんな憎まれ口を叩くもんだから、頭をはたいてやった。
「そいえば、今日謙也どうしたの?」
足の裏同士をくっつけて向かい合わせに座りながら私は光に尋ねてみた。
「あれ、先輩も知らへんのですか」
「なんも聞いてないよ」
ふーん、と相槌を打ち、光はぐいぐいと繋いだ手を引っ張る。
「待て待て。君の柔軟だからね?私が伸びても意味ないよね?」
「マネージャーかてテニス部の一員やないですか。サボらんとちゃんとやってくださいよ」
制止する間もなく光が私の身体を思いっきり引っ張ってきた。
「あだだだだだっ!痛い!ひか、る…ッ!イタ…ぃぃ!」
涙の滲む目で光を見上げると満面の笑み。
さっきの仕返しかこのやろーーー!
「なんや、ええ声出しとんなぁ」
無駄に爽やかな声がして顔を上げると、そこにはニコニコ笑う白石。
あ、なんか嫌な予感。
「処女膜破られた瞬間の声みたいで、ええ感じやん?」
「黙れあっち行け変態」
「…最近の俺に対する態度、ホンマひどない?」
「部長」
私たちの会話を遮るようにして光が白石に声を掛ける。
「今日、謙也さん、どないしたんスか」
「ん、ああ…」
白石の歯切れが悪い。
どうしたんだろう、珍しい。
何となく気になって私は白石をじっと見つめた。
「…せやな、自分らやったらええか」
白石はその場に屈んで私と光に顔を近付け、急に小声になった。
「病院、行っとんねん」
「…え?」
病院、という言葉に私は僅かに身体を強張らせた。
「…また足元見いひんで転んだとかと、ちゃうんスか?」
軽口をたたいてはいるが、いつの間にか光の腕からも力が抜けている。
「いや、」
白石の声のトーンが更に低くなる。
「腹ん中にな、異物が見つかったらしゅうて」
さっきまで口元に浮かべていた笑みは見る影もない。
白石は目を伏せて、ゆっくりと呟いた。
「今日、手術なんやて」***
「あの二人、どこ行ったと?まだ練習中ばい」
「俺はおもろいことには寛大やねん!」
「???」