それはまだ、私がこの想いに気付いていなかった頃。

「白石って、ホンマおかんみたいやなぁ」

始まりは、金ちゃんのそんな一言だった。

まるひえもーしょん!

―四天家族!―

レギュラーの強化合宿の為、私たちはテニスコート付きのとある旅館に来ていた。


練習が終わって、夜。

こんな騒がしい連中が大人しく床に就くわけもなく、
一人違う部屋の私も、風呂を上がったらレギュラーの部屋に来るようにと言われた。


旅館で用意された浴衣に着替え、髪から垂れる雫を受け止める用のタオルを肩にかけ、ぺたぺたと廊下を歩いていく。

大きくはないけど綺麗な旅館だった。しかも貸し切り。
さすが全国出場常連校だけあって、学校側も費用を惜しまないらしい。




呼び出された部屋に行くと、まだ集まりきっていないようだった。
いるのは、謙也とユウジ、光。

というか、部屋…めちゃくちゃ広い。
大人数の宴会で使われそうな間取りに、使いもしない布団が大量に敷き詰められていた。

一体何をするつもりなんだこいつらは。


私は既に集まり固まっている3人に近付いていった。


「おー、!お疲れさん」

私に気付いたユウジが手を挙げてこっちこっちと手招きする。
されるがまま近付いていき、円に加わる形で腰を下ろす。


「お疲れ。こんなに布団敷き詰めて、何すんの?」
「訊かん方がええすよ、せんぱい。くだらんから」

光がめんどくさそうに頭をポリポリと掻いた。


「おま、ホンマかわいないなぁ」
「ユウジ先輩にかわええとか思われたないっすわ」
「ほーかほーか、そんな素直やない光クンには俺の濃厚キッスをくれてやりましょ〜」
「ちょ、ほんまキモイんでこっち寄んといてください」

心底嫌そうな顔をして後ずさる光の頭をユウジががしりと掴む。

「う、ぎゃ、ああああああ!は、離さんかいヘンタイ!」



取っ組み合う2人を尻目に、私は謙也に話しかけた。


「で、何なの?」
「ん?ああ、相撲大会するんやと」
「…は?」


相撲?

光の言う通りだ、訊かない方が良かったかもしれない。


だって、相撲って。


「わ、私は審判ってこと?」
「アホか、参加にきまっとるやろ」

謙也がけらけら笑いながら私の頭をポンポンとたたく。


…いや、馬鹿?


「浴衣で相撲とか、肌蹴るよ?分かってる?」
「俺らの裸なんて、今更やん。心配せんでも下は穿いとるわ」


あ、やっぱ馬鹿だ。


「あんたらの話じゃなくて、私の話、だよッ」

語尾の強調に合わせて、私は謙也の腕を思いっきり抓りあげた。

「………ッ!!!!」

謙也が声にならない悲鳴を上げる。

「それとも私の着崩れた様が見たいのかお前は!」

謙也を睨みつけてそう言うと、光を苛めるのに飽きたのか、ユウジがこちらに近付いてきて私の眼前に指を突き付けてきた。

「図に乗んなや、!小春のそん姿には興味あるけどな、お前のなんてこれっぽちも見たないっちゅーねん!」
「それはそれでむかつく!」




ぎゃあぎゃあと言い合いをしていると、残りのメンバーがぞろぞろと部屋に入ってきた。


「盛り上がってるたいね〜」
「よっしゃー相撲やー!優勝狙うでぇーっ!」

千歳、金ちゃんに続き、銀、小春ちゃん、小石川も布団をずぼずぼと踏みながらこちらへ向かってくる。


「よっしゃ、みんな揃っとんな。…て、コラ、!」
「え?」

最後に入ってきた白石は私を見るなり眼の色を変え、ずかずかとこちらに歩み寄ってきた。

え、え、なんか怒ってる?

反射的に後ろへ後ずさると白石の両手に首に掛ったタオルを掴まれ、ぐい、と引き寄せられてしまった。


「こないベタベタなままで!旅館の人に迷惑やろ!」

そのまま掴んだタオルで私の頭をわしゃわしゃと拭く。


「ああ!浴衣も、なんちゅーだらしない着方しとん!」

腕を引っ張って私を立たせ、襟元を整え、帯紐をきつめに結いなおし、なんだかとにかくテキパキと私の身だしなみを整えてくれた。


呆然とされるがままにしていると、金ちゃんが「ほぇー」と声を上げるのが聞こえた。



「白石って、ホンマおかんみたいやなぁ」



その声で我に返る。



「え、白石がお母さんとか、嫌すぎるんですけど」
「何でやねん!」


だってそもそも、白石みたいな変態からノーマルな私が生まれるわけがない。

そう言うと、みんな若干腑に落ちない部分はあったみたいだけど(ひどい)、「まあ確かに、白石の変態度は常識を逸してるからなあ」と納得してくれた。



そこから、じゃあ父親は誰だという話で盛り上がり、
「白石と小石川足して2で割ったら丁度具合の変態に仕上がるんちゃう?」という誰かの失礼な発言で父親は小石川に決定。(謙也ああああ!!!)(ギャーーーー!)

さすが笑える事に関しては全員頭がよく回るらしい。
その後もみんなの役回りは面白い位にポンポンと決まっていった。




「財前は完全に弟やな」
「うわ、屈辱っすわ」
「うるさいよ!」



「金ちゃんは犬ちゃう?」
「万年盛ってそうやな」
「また、白石はすぐそっちに走る!」
「サカッてるて、なんやー?」
「いつでも犯る気満々っちゅーことやで、金ちゃん」
「おー、ワイにぴったりやな!いつでも闘る気満々やでぇ!」
「今の絶対漢字ちゃうやろ!」



「銀さんは有名なお寺の坊さんやな。の名付け親でもある」
「んー、確かに、似合っとるばいね」
「そうか…?」
、良かったな〜絶対御利益あるで!幸せになれるで!」
「現在進行形で幸せじゃないんですけど」
「なんでや!?」
「自分が抱きついてるからやろ?」
「……!?」
「何やねんその心底びっくりした顔。むっちゃ腹立つわ」



「千歳くんは蔵リンのお兄さんっぽいわね」
「ああ〜、昔は千歳が白石(妹)の暴走止めとったけど、一足先に結婚して面倒見れんようになったとか?」
「それは、旦那の俺は良い迷惑やな…」
「えー?千歳、誰と結婚してん?」
「じゃ、アタシ立候補しちゃうわ〜!」
「おお、嬉しか〜」
「ちょ、待ちや!小春と結婚すんのは俺しかおらんやろ!?」
「ユウジは小春の昔の男で、ストーカー、と」
「ピッタリですやん」
「死なすど!」





「おお、見事に四天一家が誕生したな!」
「おいいい!」

にっこりと笑ってパン、と手を叩いた白石にツッコむ人物が一人。


「あ、謙也」
「何で俺を忘れるんや…!」

わなわなと身体を震わせる謙也に、冗談冗談、と白石は笑う。


「謙也にはピッタリなんが残っとるやん?」

「なあ?」と私と光を見て笑う白石。
私もつられて笑みをこぼし、謙也の頭にポンと手を置いた。


「お兄ちゃん、かな。やっぱ」

なんだかんだ面倒見のいい謙也に、私は結構懐いていた。
私だけじゃなくて、光もそう。金ちゃんも、かな。


「頼れる謙也お兄ちゃん、てとこ?」

私が笑ってそう言うと、謙也は少しだけ恥ずかしそうな顔をして私の頭をくしゃくしゃと撫でた。




「せやけどやっぱ影は薄いんスね」
「おま、このいい雰囲気をぶち壊すなや!」







それ以来、私は時々謙也のことをお兄ちゃんお兄ちゃんと呼ぶようになった。
謙也もノリが良いから、私を妹扱いして可愛がってくれた。


私には兄弟がいなかったから、なんだか心地の良いその場所が大好きで。
だから、受け入れてくれる謙也に甘えていた。





それが、自分の首を絞めることになるなんて夢にも思わずに。

***
「ほな、母と娘で仲良く寝よか?」
「お兄ちゃん、お母さんがセクハラしてくる」
「こんな変態が母親やったら俺グレるわ」


家族設定とかあったら萌える。
とかいう、勝手な妄想。

ブラウザバックプリーズ。

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