あの日以来、蔵ノ介は私を避けていた。
気持ち、分かるけどさ、
私だって、そんな出来た人間じゃない。
面白くないって感じることだって、あるよ?
ゼロ距離の余裕のない君
蔵ノ介に押し倒されたあの日、彼は私を「被食者」だと言った。
私は蔵ノ介が気に入っていたし、行為をすること自体嫌ではなかった。
それに、蔵ノ介のやり方に流されてみるのも良いかもしれないと思った。
けど実際、あの日、そうはならなかった。
私が軽く笑って目を閉じると、蔵ノ介の唇が落ちてきた。
ちゅ、ちゅ、と軽く2回キスをして、私の唇をぺろりと舐めとる。
舐めた舌はそのまま唇の隙間を割って入り、ゆっくりと私の舌に絡めてきた。
「ふぁ…」
「ん…っ、」
ピチャ、という唾液の音に重なってお互いの吐息が漏れる。
蔵ノ介は、私より年下のくせにキスが上手かった。
―――甘い。
口内がふやける。
それに加え、蔵ノ介の唇からこぼれる声までもが、甘かった。
何なんだろう、この男は。
妹の友香里ちゃんにからかわれて泣いていた(って聞いた)のはつい数年前のハズなのに。
女の子よりもカブトムシに興味があるような男の子だったハズなのに。
今私の上にいるのは、男の子なんかじゃない。
男、なのだ。
(…生意気)
少し悔しかったので、少しだけ体重の乗った蔵ノ介の手を退け、うなじ辺りに手を添えて更に深く口付けさせてみた。
「ん、っ…は、ぁっ」
少しだけ苦しそうに息継ぎをして、蔵ノ介はさらに口付けてくる。
深く、深く。
お互いの唾液が、完全に融合してしまうかのように。
―――あぁ、やばい。
かわいい。
左手をうなじから徐々に下にずらし、顎のライン、首、鎖骨をゆっくりとなぞっていく。
私の手の動きに、蔵ノ介が少しだけビクンと体を強張らせた。
普通のくすぐりはダメなのに、こっちは我慢できるんだ?
それって、セックスの課程だから?
蔵ってば、やらしい。
まあ確かにここで転げ回りでもしたらムードが台無しになるわけなんだけど。
少しだけ口角を上げて、私は蔵ノ介のシャツのボタンに手を掛ける。
プチ、と1つ目のボタンを外した時だった。
不意に蔵ノ介が唇を離し、2つ目のボタンに移ろうとした私の手を掴んだ。
「…蔵?」
「……」
蔵ノ介はじっと私の方を見ている。
私も視線を逸らすことなく、蔵ノ介を見つめた。
「やっぱ、くすぐったいの、我慢できなかった?」
いたずらっぽく笑ってみせると、蔵ノ介はゆっくりと首を振った。
「いや…まあ、こそばいには、こそばいんやけど」
「やっぱくすぐったいんじゃん」
「そうやのうて」
蔵ノ介は気まずそうに眼を泳がせている。
「なに」
「その、」
意を決したように出た言葉は、こんな一言。
「やっぱあかん、その、イトコやし」
「……はい?」
思わず聞き返してしまった。
「せやから…、イトコで、姉弟みたいなもんやんか。なんや、そんな気になれん」
「へえ?」
蔵ノ介がゆっくりと上体を起こし、私の腕に絡まった包帯を少しずつ丁寧に解き始めた。
私もゆっくりと起き上って、蔵の方に少しだけ詰め寄る。
「蔵ちゃん」
「その呼び方やめ…」
「嘘は、いけないよ?」
蔵ノ介は一瞬だけ動きを止め、ちらりと私に視線をよこした。
しかし、すぐにまた包帯を解き始める。
「嘘なんかついてへんわ」
「ふうん?じゃ、何で蔵のココはこんな元気なのかな?」
そう言って、蔵ノ介の下半身に触れる。
「!!」
「あ、やっぱり」
本当は、見た目の変化などなかった。
でも蔵の事だから、勃起しそうになったところで踏み止まったんだと思い、カマを掛けてみただけだった。
姉弟みたい、というのは本心だろう。
頭ではそう思っていた対象に欲情してしまうことに、抵抗と罪悪感を感じたのかもしれない。
案の定、私が触れた途端、蔵ノ介の昂りが顕わになる。
「ッ、お、お前っ、ホンマどんだけ変態やねん!」
蔵ノ介は身をよじって私の手から逃れる。
心なしか目が潤んでるように見えた。
まあねぇ、我慢して誤魔化したのに触られたことで元気になっちゃった、とか
私が男でも恥ずかしくて死にたくなると思う。
「あれ?私の変態度合いに興味あるの、蔵?」
「…はっ!?」
「じゃ、しょうがないから教えてあげよっかな。ついでに、蔵のも、楽にしてあげるよ。一石二鳥だね」
にっこり笑って私は蔵に近付いていく。
蔵の後ろにはもう壁しかない。ドアは全くの逆方向。
ていうかそもそも、まだ包帯で繋がっちゃってるし。
逃げられない、よね?
「ちょ、まじで…ッありえへんてマジでッ」
「ま、待ち!待て待て待て!!どこ触って…!」
「ぅ、あ!あぁ…ッやめ…あ!」
…と、いうわけで。
結局、被食者になったのは蔵ノ介で。
当たり前だけど、それ以来ちょっと怖がられてしまったらしい。
まあ、特に反省もしていないけど。
まだ高校生の蔵には刺激が強かったかなあ?ってくらい。
だけど、一緒に住んでいるのだから顔を合わせることだってあるわけで、
そんな時、あからさまに避けられると、私だってちょっと、へこむ。
でも、私には自信があった。
蔵ノ介は、私を怖がってはいるけど、嫌ってない。
むしろ、私のこと結構好きだと思う。
決して、自惚れてるわけじゃない。
蔵ノ介の考えてることが、何となく分かるだけ。
肌が触れ合ったあの日、
私と蔵ノ介に1ミリのスキマもなかったあの日、
乱れて乱れて乱れまくった蔵ノ介。
まあ、乱れさせたのは私か。
あの時の蔵は、顔に出ていたとかそんなレベルでなく、何というか、全ての器官から感情が溢れだしていた。そんな感じ。少なくとも私にはそう見えた。
目から流れる涙、口から洩れる声、私の頭を掴む指先、性器から飛び出す白濁の液体。
それを思い出すだけでこんなにゾクゾクできる私は、サドというより変態だ。
今もきっと蔵ノ介は、こんな変態で変人でどうしようもない私に夢中になってる自分自身を、疑問に思い、諫め、何で嫌いになれへんのやろ、とか思ってるに違いない。
まだ、終わりじゃないよ?
ねえ、蔵。
だって、貴方の言う通り、私変態だもん。
そして、
好きな人に触れられないことを、人並みに寂しいと思う、普通の女だよ。
ああ、でも。
変態って、普通の女には含まれないのかな。
自虐的な笑みを浮かべ、私は軽快な音を立てて目の前のドアをノックした。