『ちゃんと、家着いたんか?』
「うん、今着いた」
『変な奴につけられたりせんかった?』
「大丈夫」
『鍵は?閉めとう?』
「うん。チェーンも掛けたよ」
『ん…良かった』
電話越しの少し上ずった声に冷静に相槌を打っていくと、雅治の安堵の溜息が洩れたのが聞こえた。
付き合う前はこんな人だなんて知らなかった。
クラスで女子と接する姿を見ている限りでは、常に冷静で無頓着。
自分にも他人にも、大して興味を持っていないように思えた。
きっと、彼女に対してもそうなんだろうなあなんて、勝手な想像をしていた。
けれど実際付き合ってみると雅治は冷静なんてものではなかった。
物凄く心配症だし、二人きりになると突然甘えだすし、ヤキモチだって焼く。
しかも、どれも結構重度。
丸井に飲みかけのジュースを貰った時なんて、間接キスでも許せないとか言って丸井にキスしようとしていた。
私が止めたことで丸井の貞操は無事だったけど、いつも血色の良い丸井の顔が青ざめていたのは今でも鮮明に覚えている。
両親と離れて一人暮らしをしている私を少しばかり過剰に心配してくるのは仕方がない事なのかもしれないと初めは思っていたけれど、付き合ってそんな姿を見ていくうちに私の一人暮らしとか関係ないんだということが分かるようになった。
例え私が両親と暮らしていても、雅治はきっと同じようにこうやって電話を掛けてくるんだろう。
別に雅治のこの行動が鬱陶しいとか思ったことはない。
心配してくれるのも、甘えられるのも、ヤキモチを焼いてくれるのも、嬉しい。
嫌になるのかも知れないと思うことはある。
けれど、電話を切る時、彼は決まって私に魔法をかけていく。
たった一言で、私の上に圧し掛かってきていた重いものがパッと弾けて、私を包み込む温かなベールへと姿を変えるのだ。
『そんじゃ、おやすみ、。…好いとうよ』
そんな彼が愛しくて、愛しくて。
この重石が弾けずに、そのまま押し潰されたって良かったとさえ思ってしまう。
これは私の感覚なのかそれともそう思わされているのか。
そんなのどうでも良いと感じるほど、貴方に溺れている。