まあ、足元見てなかった私が悪いんだけどさ。
私の姿を見てたなら、君はもう少し気を付けること、出来たでしょ?
もう少しだけ
その階段は、ちょっとした有名スポットだった。
古くて劣化したんだか何だか知らないけど、下数段の段先のゴム部分が少し浮いている。
躓いて危ないからその階段を使うことは好まれず、遠回りして移動する人がほとんどだった。
その時の私は、特に何も考えてなかった。
ボーっと歩いてて、階段を下りる前に赤也に会った。
私の姿を見つけると、赤也は「先輩!こんちわっス!」と言って寄ってきた。
にこにこにこにこ。
私と会った時、いつも赤也は笑ってくれる。
どんなに遠くにいても笑顔で挨拶をしてくれるし、可能ならば嬉しそうに走ってくる。
「先輩、今日みんなで幸村部長の退院祝いするんスけど、来ませんか?」
精一が私の幼馴染だから、きっと気を使って誘ってくれたんだと思う。
けど、テニス部だけの集まりに一般生徒の私がのこのこ入っていくわけにもいかない。
レギュラー陣とは精一を通じて仲良くなったけど(赤也もそう)、そういう問題でもないし。
だから「遠慮しとくよ」って断ったんだけど、赤也が物凄く悲しそうな顔をしてきた。
ずっとその顔を見てると「やっぱり行く」と言ってしまいそうで、私は早々にその場を離れた。
完全に赤也に背を向けるまで、赤也が小動物のような目でこちらをじっと見ているのが分かった。
(そんな目、ずるい)
少し足早になったのがいけなかったのかもしれない。
私は残り数段の所で浮かび上がったゴム部分に躓いて、そのまま数段をすっ飛ばして転落した。
この歳になって転落するとか恥ずかしすぎるけど、起きてしまったものはしょうがない。
次の瞬間、心配そうな赤也の声が飛んでくる。
「せ、せんぱーい!大丈夫っスか!?」
身体を起こしてぶつけた膝を少し撫でる。2、3段とはいえ、痛い。
そして、パッと顔を上げると赤也が“降ってきた”のが見えた。
(え?)
状況を理解する間もなく身体に感じた衝撃。
身体の前面に降ってきた重みに、自然と後ろに倒れる。
後頭部をガンっと打って、そこでようやく状況を理解した。
「いったぁ…もう、一緒になって転んでどうすんの!」
「す、すみま、…っ」
赤也の胸板を押しやってやると、私の両サイドに手をついてムクリと起き上がったが、
思いの外顔が近くて、赤也が顔を真っ赤にして固まったのが分かった。
そんな赤也につられて、私の顔も少しだけ赤くなる。
(な、なに、その顔)
(どう、しよう)
固まったままそんな事を考えていたら、突然唇に柔らかいものがぶつかった。
同時に私の視界は赤也の睫だけになる。
数秒して、重なった唇が離された。
相変わらず視界は狭くて、赤也の目が慈しむように私を見てることしか分からなかった。
「…………今のはなに?」
ぽつりと呟くと、赤也がハッと目を見開いて私から身体を離した。
さっきよりも更に顔を赤くして。
「すっすいません!顔が近くて、つい」
「ほう」
私はぺこぺこと頭を下げる赤也をじいっと見つめた。
「君は、顔が近ければ誰にでもキスをするのか」
「そっそんなわけないじゃないっスか!先輩が好きだからッス!」
え、ちょっと。
突然すぎる上にストレートすぎるんですけど。
しかし赤也は自分の勢いに任せた告白に慌てた様子もなく、きらきらの目を見開いてこちらを見ている。
え?なにこれ。返事待ち?
「えーと、うん、まあ、とりあえず」
保健室に行こうか、と赤也の手を引いて立ち上がったら、赤也が「ずるいッス」と拗ねたように頬を膨らませた。
またそんな、可愛い顔して。
もっとそういう顔させたいって思っちゃうじゃん。
(答えなんて、とっくに決まってるけどね)
***
「先輩、さっきの、なかったことにしないでくださいね」
「え?なにが?」
「………ッ!」
(あ、泣きそう)