自分の彼女が他の男に触れられるコト
自分の彼女が他の男と二人きりでいるコト
自分の彼女が他の男を名前で呼ぶコト
自分の彼女が他の男に「バイバイ」と手を振るコト
その全てに不満を感じるオレって、おかしい?
お前は俺だけにさよならが言える
のことは、好きだ。
そりゃまあだって、彼女だし。一応。
オレの部活が久し振りに休みで、一緒に帰ろうって誘ってくれた時も、
そりゃ、嬉しかったよ。それなりにね。
一緒に帰るのも久しぶりだし、ちょっと楽しい下校時間になるかもね、なんて
小一時間くらい前までは考えていたのに。
校門を出て数メートル歩いたころには、
なんかもう、はらわた煮えくり返ったようなカンジになってた。
HRを終えたオレは、不自然じゃない程度に急いで荷物をまとめると、のクラスに向かった。
のクラスは少し早くHRが終わっていたらしくて、教室の中には10人程度しか残っていなかった。
は、閑散とした教室の真ん中あたりで、
入口に背を向けた状態で、机に腰かけていた。
その向かい側には一人の男子生徒。
「マジかよそれ、最っ高だな!」
「でしょ!今度絶対持ってくるね」
「サンキュー!…あ、、迎え来てんぞ」
男がオレの目線に気付いたらしい。
の肩をポンポンと叩いてオレの方を指さす。
てゆーか、気安く触んないでよ。ムカツクなぁ。
「あ、深司、今行く!じゃあ内海くん、またね」
「おう、また明日」
パタパタと駆け足で近寄ってくる。
「じゃ、行こ」とあどけない笑顔を向け、歩き出す。
もだよ。
あんな風にべたべた触られて、文句の一つも言わないわけ?
ちょっと無防備すぎるんじゃないの。
オレは少しだけ留まって、教室にいた男子生徒をちょっと睨んでやった。
昇降口。オレとの靴箱は、ちょうど裏側に位置する。
靴を取り出し、ぽいっと投げ出すと同時に、裏側から声が聞こえてきた。
「あれ、帰んの?」
しかもまた男の声。イライラするなぁ。
「うん、間宮くんは今日も残ってくの?」
ちょっとちょっと。
も何でそこで話題を広げるわけ?
「うん、帰る。じゃ」で終われば良いじゃん。
「あー俺のグループ作業遅れてるからさぁ。相方と一緒にな」
「そっかぁ、頑張れ!」
「も今度手伝ってよ。じゃ、またな」
「うん、わかった。じゃあねー」
そのまま廊下を歩いていく男の姿を横目でちらりと見る。
心なしか顔が笑っているように見える。
いや、ていうか、鼻歌歌ってない?
もしかしてアイツ、のこと好きなんじゃないの?
………ムカツク。
「……今の誰?」
昇降口を出たところで、に訪ねる。
「間宮くん?3組だからクラス違うけど、選択の授業が一緒なんだ」
「ふーん」
3組マミヤ……要注意人物かもね。
神尾と同じクラスか。明日聞こ。
必要だったらそのままボコっといてもらおうかなぁ…自分でやると手痛いし。
校門を出ようとしたとき、後ろから声が聞こえた。
「ちゃーん!」
思わず、よりも先にオレが振り向いてしまった。
声の主が男だった上に、この呼び方だ。
なに馴れ馴れしく下の名前で呼んでるワケ?
「祐くん」
はあ???
今度は思わずを凝視する。
なんでまで下の名前で呼んでんの?
男は息を切らして近付いてきて、に一冊のノートを差し出した。
「ごめんごめん、コレ渡し忘れてた」
「ノート?…あ、もしかして、ゆんゆん先生に渡されたの?」
「うん、HR終わったら渡そうと思って、すっかり忘れてた」
「明日でも全然良かったのに。ごめんねーありがとう」
「いいのいいの。ほいじゃ、バイバイ!」
「うん、バイバーイ」
ノートを片手に、去っていくソイツに向かっては大きく手を振った。
ゆんゆん先生って、誰だよ。
そんな風に突っ込むことも忘れて、
オレは手を振り合う二人の姿を見つめていた。
………すごい、ムカツク。
そりゃは可愛いよ。それなりにね。
…嘘。めちゃくちゃ可愛い。本気で。
そんなの知ってるよ。だって、オレが告白したんだから。
モテるのも、分かってるよ。
外見の話じゃなくてね。話しやすいし。
オレみたいなのと付き合えるくらいなんだからさ。
誰にでも分け隔てなく接するだから、
オレも仲良くなれたし、好きになった。
でも、オモシロクないよ。
二人で岐路に着いているというのに
の話があまり頭に入ってこないくらいにイライラしてしまっていた。
「ムカツクなぁ、あいつら」
「え?何か言った?」
「……別に」
オレがふいと視線を逸らすと、
は突然オレの手をギュッと掴んできた。
「もー!そう言うのナシって言ったでしょ。言いたい事、ちゃんと言って?」
……あーもう。
何でオレの不満顔、にはすぐに見破られちゃうのかな。
オレはの手を解き、代わりにの手を片方だけ掴んでゆっくりと歩きだした。
「…………オモシロクない」
「え?」
言いだしたら止まらない、分かっていたはずなのに、言葉は勝手に俺の口から零れ落ちた。(というより、流れ出た。)
「そもそもさぁ、教室にいたアイツなんなの、ウツミとかいう。ベタベタとに触っちゃってさ。また明日とか気安く言わないでってカンジなんだけど。明日を迎えられなくしてやろうかと思った。そしたら次はマミヤ…あいつ絶対のこと好きでしょ。何の作業か知らないけど手伝ってとか言っちゃってさ。絶対なんか狙ってるに決まってんじゃん。まあ二人きりになんか絶対オレがさせないけどね。その前にぶったおすし。で、最後にまた変なのでてきたでしょ。なに?ユウくん?があいつのこと名前で呼ぶのも気に入らないけど、それ以上にあいつがのこと名前で呼ぶのがムカツク。最終的には笑顔のに手振ってもらってバイバイ?殺していい?」
「……………」
はいつでもオレのぼやきを静かに聞いてくれるけど、今度ばかりは呆れられたかもしれない。
滅茶苦茶なこと言ったの、自分で分かってる。
でも、本心だし。溜め込んでるのも、気持ち悪くてやだし。
ただ――
「…ごめん。これじゃ、オレの、押しつけ」
オレが頭を垂れると、は静かに首を横に振った。
「やきもち、やいてくれたんでしょ。いいよ。ただ、それで―」
が顔を上げ、オレの目をじっと見つめた。
「深司は、あたしにどうして欲しい?」
「………」
少し、考えて。
「他の男に、触らせないで」
「…うん」
「二人きりに、ならないで」
「うん」
「…ホントは、笑顔でバイバイとかも、オレ以外にして欲しくない」
「…橘さんとかにも?」
ビク、と肩が震えてしまった。
「橘さんは良くて、クラスの男子はダメ?」
「……………っ」
言葉に、詰まる。
自分以外の口から聞くと、自分の言葉が如何に理不尽であったかが良く分かる。
でもは、怒るでも、呆れるでもなく、
「深司」
少し、笑った。
「心配しなくても、深司へのバイバイは、特別なんだよ」
気が付くと、いつも別れるの家の近くの公園に来ていた。
ちょい、とに手招きをされて少し屈むと、きゅ、と抱きつかれた。
そのまま、耳元で、囁かれる。
「 」
目の前が少しだけ陰になって―――
その言葉を頭が理解した次の瞬間には、の香りがフッと離れていった。
少し照れたような笑みを浮かべて、「バイバイ」と言うと、は小走りに去って行った。
唇に残った感触。
それを確かめるようにオレは自分の唇に触れた。
消え入りそうに発せられたの言葉を思い出しながら。
『サヨナラのキスをするのは、深司だけだよ』