大人テイスト
「明日、空いてます?」
「ほぇ?」
部活中、すれ違いざまにそんな事を言われたから、変な声が出てしまった。
「せやから、明日。暇なんか、暇やないんか、どっちや言うてるんすわ」
「ひ、暇です」
少しイライラした調子で言う自分の彼氏に圧倒されて、私は敬語でそう答えた。
「ほんなら明日、デートしまひょ」
「で、デートですか」
無表情のまま「デート」という単語を持ってくる光にこっちが戸惑う。
「なんすか。嫌なんスか」
「い、嫌じゃないです」
「ほんなら明日、家まで迎えに行きますわぁ」
何時に迎えに行くだとか
どこに遊びに行くだとか
そういう情報は一切貰えず次の日を迎えることになった。
結局、光が家に来たのは午後1時。
「何時か言ってくんないから、そわそわしちゃったよ」
「ああ、すんません。さすがの先輩でもこの時間なら起きとるやろおもて、言いませんでした」
一見私を気遣ってくれてるように見えて、さり気無く馬鹿にしてないか?
恨めしそうに光をじっと見ると、視線に気づいてこちらを見やり、ふ、と笑った。
やっぱり、苛めたかっただけらしい。
「それで、どこに行くの?」
「ビデオ屋っスわ」
ビデオ屋?
「あ、あの、ちなみにどこで見るんですか」
「は?家に決まっとるやないすか。アホですか?」
え、なに?家デート!?
「や、だってそんな、まだお兄さんにすら会ったことないのに!」
「心配せんでも、今日は誰もおらんし。先輩を家族に会わせるとか、不安要素がありすぎて無理っすわ」
「ひどい!」
いやいやいやちょっと待って、そこじゃないよね!
ツッコむとこそこじゃないよね、私!
さっさとレンタル屋に入っていく光を慌てて追いかけ、私も自動ドアをすり抜けた。
「だ、誰もいないんだ…」
「はい。先輩、なんか観たいのあります?」
「え、あの、えろくないやつ」
「…………」
うわあああああああん!!!
光が「頭おかしいん?」って顔でこっち見てる!
「いや、だって!そういうシーンあると気まずいじゃん!」
「…正直すぎますわ、先輩」
「え!?だって光だって気まずいでしょ!?」
「ちゅーか、そんな嫌がられると寧ろAVとか借りてやりたいっスわ」
ひい!何そのドS思考。怖いよ!
「ま、いいっスわ。なんすか、アクションとかならええん?」
「ダメ!アクションなんて結構激しいの入ってる時あるじゃん!」
「…うわ、ほんまキモイんすけど」
ものすごく蔑んだ目で見られた!
もう泣きたい。
「じゃあ、これとか」
「…ヤダ、怪しい」
「これは?」
「この2人、デキてそう。イヤ」
「これ…」
「イヤーーー!裏のあらすじで既にチューしてる!絶対それ以上いっちゃう!ダメ!」
「…………どれがそんなシーン入っとって、どれが入っとらんかなんて、ぱっと見じゃ分からんわ」
光の口調が敬語モードじゃなくなった。
イライラゲージが溜まってきたらしい。
「先輩の気のすむまで探したらええスわ。俺別んトコ見てますんで」
「ご、ごめん…」
「別に、構へんすわ。時間かかるやろ思てましたから」
こうやって、光はなんだかんだいつも私の我儘に付き合ってくれる。
……いや、あれ?これ放置なんじゃないの?
でも滅多に怒らないのは本当。
その分憎まれ口はいつも叩かれるわけなんだけど。
う〜〜〜んと唸りながら私は30分ほどビデオコーナーを行ったり来たりしていた。
ホラーは気まずいシーンはなさそうだけど、それ以前に私が怖い。いやだ。
SFもファンタジーもそういうシーンがないとは言い切れない。
子供向けだったらそういうこともないのかなあ。
「子供向け…」
私はハッと閃いて今度は光を探し始めた。
ビデオコーナーを一通り見て回ったけど、光の姿はない。
(どこいったんだろう…)
そのとき、先ほどの光の言葉が甦ってきた。
『そんな嫌がられると寧ろAVとか借りてやりたいっスわ』
考えてみれば、あと探していないのは一か所だけだ。
『18禁』とデカデカと書かれた垂れ幕の向こう。
うわぁああああ入りたくない!
けど、捜してないのココだけだし、光は絶対この中にいるはず。
口だけかと思ってたけど、まさか本当に嫌がらせとしてAV借りてく気!?
半ば泣きそうになりながら私は垂れ幕に向かって歩き出した。
「こら、何してんねん」
パコン、と頭を何かで叩かれ、振り向くと、そこには呆れ顔の光。
「え、光?何でここにいるの?」
「こっちの台詞っすわ。どこ入ろうとしとんねん」
「光が見つかんなかったから、この中かな〜なんて」
「ホンマ、アホっすわ。CDコーナーにおってん」
「…ああ!それで」
光の右手には洋楽のCDが握られていた。
私の頭を叩いた正体はこれだ。
「ほんで、映画、決めはったんすか?」
「まだだけど、いい事思いついたの!」
「ふーん、なんすか?」
「アニメにしよう!」
「……あにめ…」
あれ、光のテンションが激落ちな気がする。
…いや、気のせい気のせい!
「うん、アニメなら子供向けだし、何も心配いらないし!だから、光が好きなの選んでいいよ」
にっこりと笑ってそう言うと、
「わかりました。ほんならコレとコレ」
次の瞬間に即決された。
少し驚きながらも、即決できるくらいに見たいのがあったんだなあと呑気なことを思っただけだった。
そう、この時私は理解していなかった。
アニメにも大人の世界があるということを。
光の家に着いて、テーブルの上に買ってきたお菓子やらジュースやらを広げる。
光は借りてきたDVDをセットし、ソファに腰掛けた。
「先輩」
「ん?」
振り返るとソファをポンポン、と叩く光の姿。
「え、と」
尻込みしてると「早よせえ」と光にぐい、と腕を引っ張られ、
半ば強引にソファに座らされてしまった。
密着する身体。
背もたれには光の腕。
触れてこそいないが、肩を抱かれている錯覚に陥る。
「ひ、ひかる…っ近く、ない?」
「何なん、アニメなら心配ない言うたの先輩やないですか」
「そ、そっか、そうだね」
確かに、何でこんなに緊張してるんだ自分。
あっ、部屋の照明がちょっと暗いからかぁ!なーんだ。
………何でちょっと暗いの?
あ、映画見るからか、そっか!
そうだよね!
頭の中でぐるぐるとそんな事を考えていたら、きっと百面相をしていたんだと思う。
光が怪訝そうな顔でこちらを見てきた。
「先輩、何をそんな緊張してはるん」
「な、何でもないです!なんだっけ、何観るんだっけ!」
「コレすわ」
「ああ、コレね!なんか有名だよね!私観たことないけど」
DVDが入ってたケースを受け取り、適当に相槌を打つ。
寧ろこの状態で座っているだけの方が緊張してしまって
もう早くDVDを再生して欲しかった。
…が、始まって十数分で私は既に後悔していた。
そもそもなんだか総集編みたいな感じでストーリーが良く分からない。
その割になんだか際どいシーンがいくつもあった。
(えええええ主人公でもない人たちが何やってんの!?こんなシーンいらなくない!?)
(ちょ、何で裸なの!?そしてどうしてそこで転んじゃうの!?)
(アクシデントで胸触っちゃうとかなに!?ねえ、なに!?)
そんな際どいシーンが出てくるたびに私はチラチラと光の方を見る。
光はたいして気にする素振りもなく、ポリポリとお菓子を食べていた。
そ、そうか、アニメだもんね。アニメでムラムラしたりしないか。
そうだよ、なんかもう私が自意識過剰じゃん。
「先輩」
「ひゃ、ひゃい!」
「…………声裏返ってますけど」
「いや、あの、ちょっとびっくりして」
「…そこのペットボトル取ってもらえません?」
「あ、うん、ちょっと待って」
落ちつけ私!
ペットボトルを取るだけ!それだけじゃん!
私は目的のペットボトルを手に持ち、ゆっくりと深呼吸した。
「はいどうぞ、ひか…」
振り向いた瞬間両手首を拘束され、驚いて顔を上げると唇を塞がれた。
ペットボトルがボンッと音を立ててフローリングに落ちる。
「ん……んっ」
抗議しようと口を開くと、すかさず光の舌が入り込んできた。
「ふぁっ、…・ひか、ぁ、んンッ」
上あごを舐められ、くすぐったさで身体がビクンと強張る。
いつの間にか両手の拘束が解かれ、頭をしっかりと固定されていた。
やばい、逃げられない。
口の中に熱が広がっていくにつれて、なんだか頭がぼうっとしてくる。
キスって、こんなに気持ち良かったっけ?
もう片方の手が首から背中へ骨のラインをなぞるように下りていく。
背中に当たる指がくすぐったい。
…てか、
ちょっと待て、この位置は…!
プチ、という音が聞こえて、私の頭もさすがに危険信号を発した。
(ホック!ホックはずされた!!待ってええええーー!落ち着いてええええ!)
厚い胸板をぐい、と押しやり、「んーーーーーっ!」と声を上げ出来る限りの抵抗を見せると、光はようやく唇を解放してくれた。唇だけ。
けれど、その表情はもちろん、最大級の不満顔。
「…なんや文句でもあるんですか?襲って欲しそうな顔しとりましたやん」
「し、してないよっ」
「嘘つかんといてください。チラッチラチラッチラこっち見とったやないですか。ほら、続きいきまっせ〜」
「ちょっと!私の意思は無視なの!?」
「ハア?先輩やって俺の意思無視しとるやないすか」
「意思っていうか、欲望だよね?」
そのまま数秒間睨みあう。
更に数秒後、光はハァと溜息をついて「しゃーないすわ」と私から手を離した。
「ほんなら、賭けましょ」
「……は?」
「もう1本のDVD観とる間、先輩が1回も俺のこと見いひんかったら何もしません。ただし、1回でも見はったら、俺の好きにさせてもらいますわぁ」
「良いよ!絶っっっ対見ないから!」
しかし、2本目のアニメはさっきの比じゃないくらいにハードで、
私はものの数分で光の策略に嵌ってしまいました。
***
「どっからが作戦…?」
「最初からっスわ」