こんなに狭い空間で、こんなに近くてにいて、ドキドキしないわけがない。
それが、好きな人なら、尚更。
奪ってほしかった
その日は日吉発案の「校内肝試し大会」だった。
ペアと一緒に校内のチェックポイントまで行き、また戻ってこなければいけないのだけど。
「ちょっ、やだ!ほんとやだ!やめてくださいお願いします!」
お化け役に半泣きで頼んでも襲うのを止めてくれるはずはなく。
「おい、!言っても無駄だっつーの!早く来い!」
相方―宍戸に手を引かれ、あたしたちは暗い廊下を走った。
「し、宍戸ぉ!!まだ追いかけてきてる!」
「くっそ、…こっちだ、」
ぐい、と引っ張られた先は、廊下に設置されたロッカーの陰。
廊下を真っ直ぐ見渡すだけでは気づかれないような場所だ。
今は校舎内も暗いし、よく見ないと気付かれないだろう。
「…黙ってろよ」
宍戸はぎゅっとあたしの肩を抱いた。
吐息が掛かるくらいに近付いた距離。
(…や、ばい)
気付かれていないだろうか。
あたしの心臓が今、壊れそうなくらい高鳴っていること。
今のこの状況で、一瞬お化けの事を忘れていたけれど、コツ、コツという足音で現実に引き戻され、あたしはギュッと宍戸の服を掴んだ。
コツ、コツ
コツ、コツ
コツン…
お化けはすぐ近くで足をとめた。
あたしが肩をビクッと震わせると、宍戸は更に力強くあたしを引き寄せてくれた。
…不思議。
こんな状況なのに、あたし、宍戸にドキドキしてる。
お化けは少し立ち止まったが、そのまま気付かずに行ってしまった。
「…っはァ…やっと行きやがったな」
「んむ…」
「…?大丈夫か?」
「く、苦し、宍戸…っ」
「あ?…だっ、わ、悪ィ!!」
宍戸はあたしを抱きしめていた手をパッとどけた。
「う、ううん」
あたしは宍戸を見上げて言った。
暗闇の中、宍戸とぱちりと目が合う。
途端に、顔がカアッと赤くなって行くのが分かった。
目の前に、宍戸の顔がある。
唇が、肌に触れそう。
キス、されたい。
ふっとそんな思いが脳裏を横切り、あたしはハッと我に帰った。
(な、何考えてんのあたし!! これじゃあ欲求不満みたいじゃん!)
慌てて宍戸から身を離すと、触れ合っていた部分の温もりが失われた。
それが妙に切なかった。
数秒の沈黙の後、宍戸が口を開いた。
「…行ける、か?」
宍戸はあたしから顔を背け、今まで逃げてきた通路の方を見ていた。
あたしは俯き、宍戸の服の裾をつかんだ。
「…もう少し、こう、してても…いい?」
「………別に、良いけどよ」
ゆっくりと顔をあげ、あたしは宍戸を見た。
そして、少しくすくすと笑うと宍戸が少し怒ったように言った。
「なに、笑ってんだよ」
「ううん、…ありがとう」
月明かりに照らされた宍戸の耳は、赤かった。
きっと、あたしの頬と同じくらいに。